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99話 混沌が生まれる②

シャンディさんは激しくシャウトするようなパワフルな歌い方で、見事に会場を湧かせた。そのエッジを効かせたタイトな歌は、半ば冷やかしのように見ていた男達までもを、歌が持つグルーヴに夢中にさせてしまった。
特にブルースセッションはギターやハーモニカなどの楽器ソロを中心とする参加者達の集まりになりやすいため、彼女のような「本物っぽい」専門のボーカルが登場すると、それだけでカリスマ的な魅力を発揮してしまう。ましてや、それが自分達が組む可能性があった存在ともなれば、その興奮は半端なものではないはずだ。

僕は彼女の向こうに、若いギタリストの躍動感のある勇姿を見た。
彼は、場の混乱を案じたマスターの采配が、自分の中に眠る「光る原石」をするどく見抜いたせいだと信じ、完全に物語の主人公に成り切っていた。彼は今にもシャンディさんと互いの背中を合わせ、ロックバンドが良くするようなポージングを決めたくてしょうがなさそうに見えた。
僕はその2人を邪魔しないように、的確な距離をとり、サイドメンに徹する。僕はハーモニカプレイヤーで、参加者を受け入れる側のホストバンドのメンバーで、オマケに厄介事には巻き込まれたくなかったのだ。

けれど、僕のその想いはなかなか伝わらなかった。
シャンディさんはマイクを握る手の人差し指を器用に折り曲げ、「カモン!カモン!」と
僕を誘うような仕草で、よりハーモニカの演奏をフィーチャーさせようとする。半ば僕とのツーフロントのように見せたいようだった。
ハーモニカを歌に絡ませやすいように、歌詞の切れ間にオーバーなポージングまで作り、常に僕がオブリガートを入れやすいような歌のスタイルにしてくれていた。そこまでされればガンガンにハーモニカを吹いてもよかろうものだけれど、その隙間には、自分が選ばれたというシチュエーションに酔いしれた若いギタリストが、反対側からレスポンスを健気に挟み続けている。
なんという気まずさなのだろう。それでも演奏自体の完成度は高く、見事に店がうねりを見せ続けていた。

このままの流れだと、歌に次いで僕のハーモニカのソロが回って来るというのが自然なのだけれど、シャンディさんが僕を見てソロを振ろうとするやいなや、僕は素早く自分のハーモニカ・ソロを飛ばし、若手のギタリストへとソロを回すようシャンディさんへ合図をした。
それをシャンディさんは、自分が間違えたのかと焦り(あ、ごめんなさい)という表情を見せる。それを受け、僕は素早く(いいえ、間違いではありません。僕の判断です)と仕草で返す。
嫌な注目をされないための僕の動きは、どういう訳かことごとく上手く行かない。

若手ギタリストは、ホストメンバー側の僕が自分のソロを譲ったのも重なり、さらに自信を持ったようで、今まで以上にガンガンにギター・ソロを弾きまくる。そこに加え、僕はそのギターのソロが終わりそうになる前に「ワンモア」をジェスチャーで伝え、そのまま自分は後ろに下がった。
別に彼を目立たせたい訳ではなかった。とにかく僕が目立たなければそれで良かったのだ。
僕は片手にマイクとハーモニカを、もう片手でドリンクを飲み一息入れた。演奏中に伴奏義務が無く、そんな勝手ができるのはソロ楽器の特権だろう。
僕はセコンドのように脇で待機する司会のジャガと2人並んで、若いギタリストの奮闘する姿を遠くに見ていた。

そんな僕らの様子が自然に視界に入ったようで、自分はホスト・メンバー達に期待されていると勘違いした若手ギタリストは(先輩、任せていただいてありがとうございます!)とばかりにさらに自分の判断で3~4コーラスの長いギター・ソロを展開させた。
一方のシャンディさんはエレキ好きとは言いつつも、やや冷めた表情だった。はっきりと彼のギター・ソロが「好みではない」のが見て取れるほどに。
そんな時、陶酔したように熱い演奏する若手ギタリストの後ろ側に、怪しい動きを見せる男達が現れる。
ここで僕はいよいよ「受け入れる側の本当の怖さ」を知る事になった。

男達は2人組みだった。ひとりはステージの奥から何かを運び出して来て、もう一人はたごまったシールド(楽器やマイクのコード)を慌てて伸ばし始める。奥から引っ張り出されたのは、まだ今日は使われていない店の予備のギターアンプだった。
もうひとりはシールドがある程度伸びたのを確認すると、自分のエレキギターを素早く担ぎ、みるみる音量を上げて、勝手にステージのセッション演奏に加わって行った。
一方、アンプを出してやったもうひとりも、ただの協力者ではなかった。自分もギターを抱え、その後ろへと陣取っている。その間、わずか30秒程度。まさに電光石火のごときセッティングだった。
もちろんこれは立派なマナー違反、どの店でも注意されて然りの行為だ。

若手ギタリストは、自分のボルテージが上がり切ろうかというせっかくのギター・ソロの後半部を、この乱入者達に邪魔され、その顔にかなりの怒りをみなぎらせる。けれど、それを見ていた客席のオヤジ集団は一丸となって、申し合わせたようにこの後続者達への拍手や応援を送り始める。
渦中のシャンディさんも仕方無さそうに、これを笑いながら見ていた。そんな状況で、ドラムであるマスターが「こりゃ参ったな」という笑顔を見せた瞬間に、このマナー違反の判決が下った。
ギリギリで「無罪」となったのだ。

若手ギタリストのラストに無理矢理かぶせた乱入ギタリストは、馬鹿げてデカイ爆音な上に、無意味な早弾き奏法。その後ろに並び、次にギターを弾き始める事になる2人目の乱入ギタリストも、全く同じタイプだった。
それはギターのテクニックを披露する事で、シャンディさんとお近づきになる事だけを目的としたもので、セッションでも何でも無い、身勝手な行為だった。
さらに客席には続々とギターのチューニングを合わせ始める人達や、ステージに合わせ、自分も空ギター(音無し)を弾く人までが次々に現れて行く。
さらに「あ~っ、違うんだよなぁ!!ったく、そのアンプはゲインで合わせるんだってばさ!!」と大声を上げ、空気が読めない音響マニアの人までが乱入し、ステージはほとんど無法地帯と化した。気が付けば、若手ギタリストのギターにまで手が伸び、取り上げようとする者まで現れる有様だ。

僕は(うわぁ、酷いなぁ。これ、野鳥の求婚合戦みたいだなぁ)と、ギタリストではない自分はかやの外とばかりに、ステージの端からジャガとそれを遠目に見ていた。なにはともあれ、このギタリスト達だっていつかは演奏をやめるのだろうし、僕はとにかく、この騒ぎに関わりたくはなかったのだ。
けれどついに自分も無関係とは行かなくなってしまう。シャンディさんが僕のところまで寄って来て、いきなり親し気に、耳打ちをして来たのだ。
「すいません、こんなになっちゃったんでぇ。ハープでぇ、無理矢理シメてもらっちゃっていいですかぁ?」
困り果てた女性に頼りにされた僕は、力一杯に、堂々と男らしく即答した。
「えーっ、嫌ですよ!!僕、ぜんぜん関係ないじゃないですか!!」
エレキギターの爆音の中、僕の言葉は誰にも届かなかった。

つづく


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