見出し画像

35話 レコード店通い②

音楽的な知識が全く無い段階で、レコード・ジャケットのデザインから音楽的な内容を想像するのはほぼ不可能だ。ハーモニカの中でも、僕の使うテンホールズハーモニカは特に小さく手の中に隠れてしまうので、マイクを包み込んで歌うタイプのボーカルとの区別すら難しい。さらにハーモニカが全面に出ているジャケットだからといって、買ってみると実際には1曲のイントロ部分のみの演奏なんていう場合だってある。まだYouTubeのような存在がない頃なので、古いレコードを買う時はとにかく全てがイチかバチかのギャンブルだった。
僕は何度も失敗を重ね、真剣に自分なりの判断基準を作って行くようになる。

重要なのはアルバムの裏面の方のチェックだ。特に演奏者リストの楽器表記は念入りに見る必要があった。
楽器の表記が “hca” や “harm” となっていればそれは「ハーモニカ」という意味で、テンホールズではない普通のハーモニカ演奏の場合もあるので、これは僕には論外だ。もし、それがテンホールズ奏者であっても、こういう表記の時は「演奏がヘタ」な場合が多かった。
表記が “bluesharp” や “blues harmonica” となっていればそれは「ブルースハープ/テンホールズハーモニカ」の事で、技術面ではある程度期待できる場合が多かった。けれど、それが “vocal / bluesharp” などとなっていてボーカルと兼務であれば、急に怪しくなって来る。ついでなのはハーモニカの方だろうから、まぁまぁのギャンブルになる訳だ。
僕が最初にこの楽器の音を聴いたヒューイ・ルイスのように、最高のボーカルで、その上最高のハーモニカ奏者である事なんて、まずありえないからだ。彼だって、もともと一級のハーモニカ奏者で、後から歌うようになったのだから。

そこで途中から発想を変えてみた。ボーカルが別にいて、ブルースハープ専属の奏者が参加しているバンドを探すようにしてみたのだ。あえてハーモニカを吹かせるためだけにメンバーに加えるくらいなのだから、当然技術的に下手な訳は無いはずだ。その上、できるだけその奏者の参加曲が多いものを選ぶ。上手くても、1曲だけの特別参加なんて場合もあるからだ。
ここまで条件が揃ったとしても、“thanks” などの表記がある場合は要注意だ。お友達参加の場合はもともと演奏者ですら無く、何かで加わって欲しいから、とりあえずハーモニカをあてがってみた、なんていう場合もあるからだ。このようなさまざまな問題が起きるのは、ハーモニカという特殊な楽器ならではの事だと思う。
このような基準を作って行きながらも、本来重視すべきジャケットのデザインの方を気にもしない僕は、デザイン学校の生徒としては論外なのかもしれない。

僕はある程度の失敗を積み重ね、ようやく「テクニカルで偉大なハーピスト」のアルバムに出会い、その名をおぼえて行く。そのひとりが「ポール・バターフィールド」だった。エレクトリックハーモニカの第一人者で、さまざまな伝説を残した人物だ。
彼の演奏はわかりやすくテクニカルだった。音数が多く、メロディックな演奏な上、よくありがちなそれっぽい響きをただ出していれば良いと言うような成り行き任せのアドリブ演奏ではなく、作曲されたかのような完成度の高いフレーズばかりが、確固たる自信を持って、力強く奏でられていたのだ。
彼はボーカルとハーモニカを兼務していたのだけれど、僕は相変わらずボーカルには興味がなく、いつもハーモニカのところばかりを聴き演奏をコピーして行った。レコードであれカセットテープであれ、そこばかりが傷んでしまうほどだった。僕がそういう聴き方をしていると知ったら、彼のアルバムを勧めてくれたレコード屋の店員さんもさぞがっかりした事だろう。

僕がポール・バターフィールドを初めて実際の映像で観たのは、レコードを集めるようになってからかなり後で「B・B・キング&ザ・フレンズ」というスペシャルセッションライブの、深夜のテレビ放送での事だった。
番組テロップで、彼が亡くなったばかりであるのを知って残念ではあったものの、初めて彼の動く映像を見て、僕は思わず声を上げるほど大興奮した。さらに、まるで鏡を見るようにそのハーモニカの動きと出音とが正反対、つまり「楽器を逆さまに吹いている事」を知り、その事実にも度肝を抜かれた。天才とは何もかもが違うものなのかもしれない。

運良くその番組を録画できた事で、僕はそれこそビデオテープが擦り切れるまでそれを再生し、ほとんどのハーモニカの演奏をコピーし続けた。すでに彼のアルバムを数枚コピーして、ある程度彼のクセやよく使うフレーズが頭に入っていたので、今までよりずっとコピーがしやすかった。

僕は彼の映像を観過ぎて、その内に彼の演奏以外にも憧れを持ち始めるようになる。
それは、彼のブルースマンらしいファッションだった。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?