54話 学生の優先
僕は全く自分の責任に気がつかなかった。いつも注意をされて、初めて学ぶのだ。
ライブに参加したバンドの代表者は機材の運び出しを全員で分担し手伝わなければならない決まりだった。ライブ演奏した後、それを手伝わず、その時間に外でセッション演奏で盛り上がっていれば、それは大ブーイングだ。「これでもか」というくらいの嫌な視線を注がれる。
そこには、参加バンド全員がゲストの人気ラッパーのために出演時間を削られていた事や、外での未許可の演奏でかなりの来場者を集めて、それなりに盛り上がっていたという事へのやっかみもあったようだった。
さらに、気まずさはこれだけでは済まなかった。まだまだ底なしに続いて行くのだ。
後ろから慌てふためくW子の大きな声がする。
「あ~、広瀬君、いたいた!!探したよ!!帰っちゃったと思って、みんな探してたんだよ!!どこにいたんだよ!!大変だったんだから!!もうほんと勘弁してよ!!早く来てって!!」
まくしたてるようにW子に言われ、すっかりさっきまでの態度をあやまるタイミングを逃しつつも、その慌てている事情を聞いてみる。そして、ここで初めて、僕は学生としての自分の本分をようやく思い出すのだった。
僕は一目散に、大手カメラメーカーのコンペ出品ブースへと走って行った。すでに会場の撤収は始まっていて、先程の荷物運びの集団を遥かに超える「突き刺さるような視線」が僕ひとりに注がれる。
「いよっ、ご到着かい。凄いよな、広瀬君。もう、コンペは興味もないってかい?」
それはコンペでかすりもしなかったクラスメイトからの嫌味だった。
なんと、僕はそのコンペで一番良い賞を受賞していたのだ。ただし全体的に主催側が求めていたようなレベルには達していなかったので、事実上「該当者なし」のため、形ばかりの受賞となり、記念品は参加賞となるそのメーカーのロゴ入り「パーカー・シャツ」という残念な結果だったそうだ。
そうはいっても、デザイン学校の学生が今後の就職を賭けるのだから、それなりに参加者も気合を入れたコンペだった。そこへ来て、参加者全員が集合するのが決まりの主催メーカーからの講評会もすっぽかし、受賞者である僕の名前が呼び上げられても本人が不在という気まずい状況なら、落ちた全員が気分が悪いのも無理もない事だった。
嫌味は次々に続いた。
「お~い、ブルースマン、どんなだよ、ご気分は?」
みんなが口々に言うブルースマンという言葉は、今日だけは僕の色付き眼鏡に対してではなかった。みんなが将来を賭けているコンペなど気にもせず、バンド演奏でハーモニカを吹く事に夢中になっていた僕への非難だった。
さらに、隕石みたいにデカいのが空から落ちて来る。
走り回り脱力し切ったW子から、サッと手渡されたのは、小さな花束だった。W子はあきれたような顔で言った。
「はい、広瀬君。みんなからだってさ」
講評会の前に受賞の札が付き、気を効かせたクラスメイト達がカンパを募り、僕のためにに用意をしてくれた物だった。
そしてW子は、僕の耳元でボソッと付け加えた。
「後でさ、みんなに謝っときなよ。結構やばいよ、広瀬君」
W子は本当に良い友達だった。彼女の顔にしたたるほどの汗は、僕をどれほど必死で探し回ったかを物語っていた。
そんな最悪のタイミングで、僕は彼女にお誕生日の「おめでとう」を言った。
程なくして学園祭の後夜祭が始まる。もちろん僕はそんなものには心底出たくはなかったけれど、それぞれの人達に謝って回らなければならなかった。
あちこちでしこたま罵倒され、ようやくと謝罪ノルマを終えた僕は、もはやどうでもよくなったコンペの記念品のパーカー・シャツをグシャグシャにまるめ、たくさんのハーモニカの入った布バッグと一緒にカバンに押し込むと、ようやく学校を後にした。
僕はその日、実に久しぶりに、死んだように眠った。
つづく
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