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42話 ならば、みんなで③

僕の決めた演出により、口笛のソロから始め、次いで「スタンド・バイ・ミー」の定番である「ブブ、ブン、ブン♫」というベースのイントロがスタートする。
始まるなり失敗。「ゴメン!」という声が響くと、皆が笑って応える。全員に気負いがなく、イベントとしては非常に望ましい状況だった。
やり直しからスムーズに始まったイントロには、すでに僕のハーモニカ演奏が入っていた。自分の出番を増やすべく、さりげなく現場で追加したのだ。これも役得という訳だ。

4人のボーカル達は代わる代わるマイクの前に立ち、パートに分かれその歌声を披露する。驚いた事にいつの間にか細かな打ち合わせもしていて、まるでチームのようにおそろいのポーズまで決めてみせる。ビデオを撮影をしているという状況が、誰しもをエネルギッシュにさせるのかもしれない。
歌が終わると、キーボード、ギター、サックスと楽器のソロが続く。その後はただ遊びに来た人達が中心となって一発芸や踊りなどをカメラに向かってアピールし、それなりに盛り上がりを見せる。僕にはみんなのパーティーのようなはしゃぎ方は予想外だったけれど、全ては大音量のなせる技なのかもしれない。

そしていよいよ待ちに待った、僕のテンホールズハーモニカのソロが鳴り響く。テンホールズのベンドを活かしたソロを事前に用意していたので、その完成度はかなり高いものにできた。
僕が仕切り役という事でみんなが気を遣い、僕の演奏に大げさな歓声を上げる。ちょっとした人気者の気分だ。

ハーモニカ演奏は実に上手く行った。何もかもが。まぁ、欲を言えば、マイクを両手で抱え込み、思いっきり「ポール・バターフィールド」のようなエレクトリックハーモニカサウンドで専門的に吹きたかったのだけれど、スタジオのマイクの本数が限られている事もあり、全員が共有で使うため、今回それは無理だった。
歪んだブルースの感じこそ出せなかったけれど、大音量でのハーモニカ演奏はやはり気分の良いもので、今までの苦労が一気に報われた思いだった。

けれど、実は企画を立てた段階では予想もできなかった展開もあった。テンホールズハーモニカを吹くのは「僕だけ」ではなかったのだ。マイクの後ろには僕以外にもうひとり、テンホールズを吹きたいという参加者が、そしてその後ろにもうひとり、ボーカル兼テンホールズの人が並んでいて、もはや「オレモ・オレモ・ハーモニカ状態」となってしまったのだ。
確かに誰でも気軽に吹けるのがハーモニカの良いところだし「みんなでやろう」と言い出したのは僕の方なので、これは仕方のない結果だった。さすがに「ハーモニカは僕以外に参加不可」とは言えない。

そうは言っても、正直、かなり嫌な気持ちだった。僕はテンホールズハーモニカひと筋で何年も個人練習を頑張って来て、かなり真剣にソロの構成を考え抜いていて、ピッタリの音を選んで吹いていた。ハーモニカが入る場所、入り方、そして最後の歌に向かってつなげて行く終わり方にも、それなりの音のドラマを考えていたのだ。
ハーモニカの後にまたハーモニカが入って、さらにまたハーモニカが来るのでは、それは一体何の場面なのだろう。まるで、せっかくの「決めゼリフ」の後に、また「別の決めゼリフ」さらにまた「似たような決めゼリフ」で、その場面を飾るようなものだ。

それでも、何とか気力で最後まで乗り切り、大盛り上がりの内にめでたく曲は終了となった。
時計を見れば、時間はまだ十分あるという事で「もう1テイクやってみよう」とさらに盛り上がりを見せる。まるで呑み会のような騒ぎ方だった。それは僕だけじゃなく、ここに集う全員が、初めてのスタジオ経験に大興奮だったからだ。

2回目ともなると誰もがアクセル全開。1回目に目立たなかった人までがムキになり、自己アピールに全力を尽くす。ひとりひとりがデザイナーのようなクリエイターを目指す集団なので、自我のぶつかり合いはお互いのつぶし合いへと変わり、不協和音の大合唱となった。
他のハーモニカ2人は所構わず音を差し込み、もはやハーモニカだらけといった状況になり、僕のハーモニカ・ソロなどすでにぼやけて、何がなんだかわからないものになっていた。これもまたハーモニカらしいと言えばハーモニカらしい部分で「子供がただはしゃいでいるような無邪気さ」が似合っていたりもする楽器だ。それだけにギリギリNGとまでは言えない出来栄えだった。

退出5分前を知らせるランプが点滅し、余裕で部屋の後片付けを終え、受付であらかじめワリカンで集めてあったスタジオ代を支払い、全員で学校へと戻る。
25人は顔を火照らせ、思い思いに自分の演奏面の感想を語り合う。結果はどうであれ、みんなにとってはとても印象的なイベントになったようだ。

帰り道の先頭を歩く僕も誇らしかった。なにより自分の仕切りで全てが効率良く運び、映像入りでその様子がしっかりと記録できているのだから。

つづく


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