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22話 4本目のハーモニカKey

僕とQ君とでバンドを作るための準備は水面下で少しずつ進んでいた。学校でもしばらくは誰にも言わず、自分達だけが解るような伝え方で密かに話すのも楽しかった。
この頃はバンドといえばエレキギター、ベース、ドラムが入ったものが多かったけれど、僕らの場合は「フォーク・デュオ」といった感じだった。
いずれは他の楽器も探そうという事で、とりあえず選曲の方へと話が進んで行く。
当時僕らの高校では「佐野元春」の曲が流行っていた。バンドには「ダディ柴田」というサックスプレーヤーがいて、かなりフィーチャーされ確固たる存在感を示していた。
ボーカルとギターを担当するQ君は、僕に「ハーモニカのダディ柴田」を目指すようにと目標を立てさせた。

佐野元春の曲はどれもキザだった。聴いているだけで自分が「アメリカの小さな街にでも住んでいて、週末にはオープンカーで彼女をダンスパーティーに誘いに行く」というような、まるで恋愛マンガの主人公気分にさせてくれる。
ちょうどその頃サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を読んだばかりで、家出の計画を立てるのにも格好良さを感じていた。実際のところは、僕は漫画家を目指し毎月の賞レースを狙っていたため、できる限り部屋からは出たくはないのだけれど。

そんな佐野元春の都会っぽい曲の中では、ギターとハーモニカでどうにかできるような泥臭い曲なんて、全く見当たらなかった。
とりあえず1度合わせてみた「サムデイ」は決定していたものの、好きな曲は数々あれど、実際にそれを演奏するとなると話は別だった。なかなか「サムデイ」のようにハーモニカでも吹けそうな楽器のソロパートがある曲はなく、当然それ1曲ではバンドにはならない。少なくとも4~5曲は欲しいところだった。

そんな時、なんとQ君はどこからか佐野元春のライブビデオを手に入れる。その中で歌われる「ハートビート」というスローバラードの最後には、驚くほど長いテンホールズハーモニカのソロが入っていたのだ。
ライブならではの特別バージョンで、苦しそうにハーモニカを吹く佐野元春の男らしさと、時折少年ぽいナイーブさを感じさせるたどたどしく崩れるメロディー展開に、僕は文字通り釘付けになった。

2人とも一致で、この「ハートビート」を2曲目にすることを即決する。「サムデイ」のようにサックス部分をハーモニカで吹く訳ではなく、元々テンホールズで吹かれているのものをなぞる訳なので、そこには確実なゴールがある。

すぐにテープを巻き戻し、手持ちのGのkeyとEのKeyのテンホールズと、CのKey普通のハーモニカをそれぞれ重ねてみる。けれど、どちらもまるで音が合わない。どうやらKeyが違うようだ。
Q君はポツリと言った。
「多分これ、AのKeyのハーモニカなんじゃないかな?ギターがAなんだから」
僕は驚き、すがるよう彼に聞き返す。
「本当にAなの?間違いなくA?絶対に他のKeyのハーモニカじゃないんだよね?」
Q君はそんな僕をはねのけるように、冷たく言い放つ。
「ハーモニカの事はよくわからないけど、ギターのKeyはAだよ。買えばいいじゃん、ハーモニカなんて安いんだからさ」

ここがつらいところだった。Q君のようにギターなら親の財力に頼るしかないけれど、ハーモニカは微妙な線で自費の範囲だった。何かと付き合いも多い高校生の小遣いから2500円を割くのはなかなかの決心だ。ましてや、もし違うKeyだったら、また追加で買い直す事になるのだ。

その後も何度となくQ君に確認をし、いよいよ新しいハーモニカKeyとしてAを買い足す決心をする。それは久々に新調する、僕にとって「4本目」となるテンホールズハーモニカだった。

僕は、翌日の学校帰りに実に久し振りに駅前の楽器店に立ち寄った。1年以上経っていたので、店のレイアウトは様変わりしていて、あの頃の店員さんはもういなかった。
僕はさすがにもう中学生の頃のように緊張はせず、普通にAのKeyのテンホールズハーモニカを買うと、そのままQ君の家へと寄り、音が合うかどうかの確認をする。
結果は見事に正解で、佐野元春はAのKeyハーモニカで、ハートビートを吹いていたのだった。

それからが大変だった。
佐野元春のハーモニカソロは、とにかく長いものだったからだ。

楽譜が読めなかった僕は、自分なりの「音の地図」を作り始めるのだった。

つづく


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