7話 ハーモニカの話題
僕はクラスメイト達に「実はハーモニカの入っている曲を探している」と言ってみた。漫画の仲間に言うのは、まだ、なんとなく気恥ずかしかったからだ。
当時僕は、担任の先生公認の仲間外れだったので、堂々と仲良くしてくれる友人は少なかった。といっても殴られる蹴られるという嫌われ方ではなく、半年くらいすれば他の人にターゲットが変わるというくらいの、適当なものだった。
そんな状況にしては不思議なくらい、このハーモニカの話にクラスメート達は食いついて来た。
僕は全く知らなかったのだけれど、男子女子ともに、話題の中では音楽がかなりのウェイトを占めていて、習いたての英語で歌詞を暗記してみたり、その歌詞の意味を授業以外で先生に質問したりするほど、洋楽が大人気だったようだ。
そんな事から、少しずつ僕に、ハーモニカの音楽情報が入って来るようになる。
「あのアイドルの曲の最初に、ハーモニカが入ってるよな」
「外国のバンドで、真ん中にハーモニカが入っている曲を見つけたぜ」
「よくは知らないけど、なんかの反対をする歌に、ハーモニカ入ってるんだってさ」
どれもこれもあてにならない話ばかりだった。共通するのは「ちょこっとハーモニカが入っている」という話で、長渕 剛以外の曲でハーモニカの音を探すのは、なかなか難しそうな感じだった。
そんな中「広瀬はハーモニカの練習のために曲を探しているらしい」という話が広まり始め、クラスの合唱コンクールでピアノを弾く係の女子が、いきなり上から目線でアドバイスをして来た。
「あのさぁ、広瀬さぁ、やっぱり、基礎がない人には、結局のところは分かんないんだろうけどさぁ。何にも楽器をやって来なかった人が、いきなり吹きたい曲を吹こうとしても、上手くはいかないもんなんだよねぇ。私のピアノの先生も言ってた。やっぱり童謡とか簡単な曲からから練習するのが、一番確実なんじゃないかって。何にもやって来なかった人は、特にそうなんだって。これって分かるぅ?」
その物言いはとても偉そうだった。学校のピアノは50万円くらいすると聞いた事があったので(2500円のハーモニカを吹く方は、こういう言われ方をするんだな)と変に納得もできた。
(なんで童謡なんて練習する必要があるんだよ。いつ僕が音楽の話をしたんだよ。僕は「ポワ~ン」ていう長渕 剛みたいな音が出してみたいだけなんだ。そういう音が入っているような曲を探しているのが、なんで演奏の話になるんだよ。ほんとバカだな。くそぅ、漫画でピアノを弾くやつは全員死ぬキャラとして描いてやる)
僕は密かに腹を立てていた。「音を出してみたい」と「曲を吹きたい」が、どうしても自分の中でつながらなかったからだ。
それ以降も、意外なほどハーモニカの情報は僕に入り続ける。
「昨日のテレビドラマの人が死ぬシーンで、ハーモニカ流れたよな」
「アイドルバンドのボーカルが、さっとポケットから小さいの出して吹いてたぜ」
「新しいコーヒーのコマーシャルで、ハーモニカが出て来るよな」
気のせいだろうか。ハーモニカの目撃情報がレアなせいか、話題がほのかに盛り上がりすら見せ始める。ちょうど「黄色いワーゲンを見ると幸せになれる。ただし4回見ると死ぬ」という噂が流行った時のように。
できる範囲で情報のあった曲を探して確認をしてみたけれど、その多くはテンホールズハーモニカではない別のハーモニカのものだったり、時にはシンセサイザーなどでの演奏だった。
結局、僕はいつまでも、あの「ポワ~ン」という音が入った曲を、見つけられずにいた。
家に帰るとすぐに部屋にこもり、小さなハーモニカを両手で隠れるように包み持ち「ボォー」と変な音を響かせながら、渋めの表情で、手をパタパタとやってみるのだけれどいつになっても、あのなんともいえず気になる「ポワ~ン」という音色を出せないままだった。
その後ようやく見つけたのが、長渕 剛の初めて聴く別の曲だった。けれども、やはり僕のGのテンホールズハーモニカとは音の高さがまるで違っていて、全く合わせる事はできなかった。
このあたりから、これは楽器店の店員さんの言っていたKeyの問題だと、ぼんやりと理解ができて来た。
やはり、あのアルファベットは「名前のイニシャル」などではなかったのだ。おそらくは「音が合う、合わないに関係のある何か」だったのだ。
タイミングよく、次の小遣い日がやって来た。欲しいものは数々あれど、不思議と僕に迷いは無かった。僕は1ヶ月分の全額を持って、すぐに楽器屋さんへと向かった。
Gとは別のKeyのテンホールズハーモニカを買うためだ。
つづく
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