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31話 初めてのライブ

迎えた学園祭当日。僕らのクラスの模擬店は予想通りの大人気で、常に満員状態だった。
いよいよ僕らの最初で、そして高校生最後となるライブが今まさに始まろうかという頃、沸き立つ店内の客席からは「早く始めろよ」とヤジが飛び交っていた。
それもそのはず。もうかなり前から僕ら3人共が舞台には立っているのに、いつまでたってもQ君とP君のギターの「チューニング(弦の調律)」が終わらないからだ。

「ポニョ~ン、ポニョ~ン、ポニョ~ン、ポニョ~ン」不協和音がいつまでも響き続ける。
いくらアマチュアの模擬店とはいえ、飲食の環境としてはかなり気分の悪いものがある。
僕だけがこのような調整作業が必要ない楽器なので、汗で湿った小さなテンホールズハーモニカを手に持って、ただする事もなく横で立ち尽くしているだけだった。

「ねぇ、まだなの?みんな、もう帰っちゃうよ」文句を言う僕の方を見る事すらなく、
ギターの2人は、まるで何かに取り憑かれたようにチューニングを続けている。
「サムデイ」の練習でもそうだったけれど、ソロ楽器は準備のいらない気楽さと出番を待つ拷問とが常にワンセットだ。待つ事さらに数分、数人の生徒が帰って行くのが見える頃、「じゃ行くよ、P君」「Q君のカウントからね」とのやり取りが聞こえた。
もうそれは、ギターの2人だけの世界で、僕はすっかりかやの外だった。
(こんなにシラケてちゃ、もう演奏どころじゃないよ)僕はすでにさじを投げていた。

けれども曲が始まるや、驚くほどみんなは注目し始め、すぐに模擬店は、まるで本当のライブカフェのような音楽を聴く空気に変わって行った。
僕は自分のハーモニカの出番までかなりあるので、客席を見ている余裕があった。どの生徒も真剣に観ていて、さっきまでのダレたムードはもうどこにもない。

そして出番となり、ひとり遅れて僕のテンホールズハーモニカの音色が加わると、場内からはどよめきが沸き上がる。おそらくハーモニカという楽器からイメージしていたものが、もっと子供っぽかったからだろう。
ベンドを効かせたセカンドポジション奏法で、ある程度はブルージーに吹けるようになっていたので、その音色が持つ「本物っぽさ」が、見事にお客さん(生徒)の気を引いたのだ。

こうなれば、後は何をやってもウケるだけだった。拍手喝采の中、イケるという実感でこぶしをにぎりしめ、忙しくハーモニカKeyを取り替え、僕は手早く2曲目の準備を済ませる。
そしてQ君が、観客席に向かって声高らかに言った。
「すいません。今から、ちょっと、チューニングを直させて下さい」と。

再び「ポニョ~ン、ポニョ~ン」という不協和音が響き始める店内に、僕は半分気を失いそうになる。その後もQ君とP君は何度もチューニングを直すため、その都度、ただ横で待つだけの僕が手に持つハーモニカは、その温度で溶けるほど熱くなっていた。

とは言うものの、いろいろありながらも、店内に作られた小さなステージでの僕らの演奏はおおむね大好評で、20分くらいのミニステージを、時間を決め何度も繰り返した。
体育館の会場のようなしっかりとしたライブではないけれど、ピラフを食べながら生演奏を聴くというのは、確かに誰しもの興味を引き、模擬店とは思えないほどの高い売り上げまで記録する。

ピラフの方も素人とは思えぬほどおいしく、炊きっぱなしの電気ガマからお皿に盛るだけなのでお客さんを待たせなかった。さらに調理スタッフも少人数で済む事からクラスの全員が他の教室のイベントを見る事もでき、まさに作戦勝ち。
店員を担当した女子達は、いつの間に作ったのか黒地に白文字の「お店のロゴ入り」のおしゃれなTシャツで揃えるこだわりで、学園祭でNo.1と思える完璧な模擬店だった。

そして最後となる僕らの20分のステージ。
P君の「さだまさし」もQ君の「佐野元春」もそれぞれにウケて、回を重ねるごとに2人共が場に慣れ、声も大きくなり、堂々として行くのがわかった。
僕のテンホールズハーモニカも毎回拍手喝采だった。緊張で息が弱くなったり、口が乾いてハーモニカが口ですべらず、音が出ずらかったりもした。人の多さによって聴こえ方も変わるなんて、想像も付かない事だった。今思うとマイク等の音響もなしで、他校の生徒達も含めた大勢を前にしてよくやったものだ。

ライブの最後、結局歌の練習が間に合わなくて、インストゥルメンタル曲としてまとめた佐野元春のライブ版「ハートビート」のエンディングに入る「長いハーモニカ・ソロ」は、どうにか丸暗記が間に合って、僕にとっては初めての完コピ(完全にメロディーコピーする事)の経験だった。
学園祭が終わって行く寂しさがほのかに漂い始める中、テンホールズらしいベンドを効かせた演奏は、誰の心にもそれなりに切なさを沸き立たせ、まさに僕のためにあるような最高の見せ場となった。
その頃の僕はまだ腹式呼吸をマスターしておらず、長いソロだと後半にスタミナ切れで息苦しささから音が乱れ始める。けれどそれがかえって情熱のままに音を出しているようなシブい効果を自然に出していて、ライブの最後をドラマティックに盛り上げて行った。

この時、僕は初めて(音楽を演奏するって、なんか、いいよな)とうっすら思っていた。

つづく


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