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34話 レコード店通い①

僕はクラスメイトから聞いた御茶ノ水のレコード店の話を教えてもらおうと、さっそく僕の当時の唯一の音楽の情報源を訪ねた。大型楽器店のハーモニカ専門コーナー担当のUさんだ。
専門学校が東京の渋谷と原宿の間だったのもあり、よくUさんのところにも顔を出すようになっていた。かつて胸を弾ませた東京の大きな専門店に、今では毎日のように行けるという訳だ。

その頃、Uさんにとって僕は上得意だった。自分自身はハーモニカをそう多くは買い足さなかったけれど、深夜に教えているクラスメイト数人を、このコーナーにお客として連れて来ていたからだ。
さすがはデザイン学校の生徒だけあって、クラスメイト達のハーモニカの品定めはボディーのデザイン優先で、初めてでもビギナー向けなど見向きもせず、教えている僕より遥かに高い機種を買うほどだった。ハーモニカの角のカーブ、ロゴの刻印、木の素材感、その着眼点は実にさまざまで、ハーモニカの「物」としての魅力を改めて垣間見た気がした。
一応は教える側として「そうそう、そうなんだよね~」と話を合わせながらも、今更ながらに「値段と使いやすさ」だけでハーモニカを選ぶ自分は、本当にデザインには無頓着なのだなと反省させられる機会にもなった。

Uさんが親切に御茶ノ水のレコード店の情報を教えてくれたおかげで、僕は実際に訪ねる前に、ある程度の穴場スポットの当たりをつける事ができた。最後にUさんは、御茶ノ水駅が有数の楽器販売店街という事を懸念してか「ハーモニカの品揃えは悪いらしいので、レコードだけにすると良い」とさり気なく付け加えて来た。
こうして渋谷駅から数駅、御茶ノ水駅へと移り、僕の「ブルースのレコード集め」が始まるのだった。

いつも通り所持金は無かったけれど、まずはどれくらいの金額でどのような品揃えがあるのかを見てみようと思い、Uさんから聞いた辺りの数軒のレコード店を、ただブラブラと歩き回ってみた。
その内「ブルース中古」と全面的に押し出しているレコード店に出会った。中古というだけあって置いてあるレコードのジャケットはボロボロで、値段もかなり安めだった。ちょうどCDが普及し始め、今でいうリサイクルの買取りのような事もやっている店だった。
音質などにこだわりのなかった僕には、中古品は好都合だった。考えていたよりも遥かに安値だったため、僕はいきなり試し買いのモードに入る。

中古レコード店は、そのほとんどが「試聴」が出来ないのが難点だった。仕方無しに、僕は店員さんにレコードの内容について聞いてみる事にした。その店員さんの長い髪とヒゲの揃え方からも、ブルースへのただならぬこだわりが伝わって来る。
僕は自分がブルースには詳しくないと素直に伝え「ブルースのハーモニカの入ったアルバムが欲しい」とだけ言ってみた。右も左も分からない若造に最初のブルースのアルバムを勧める事になり、店員さんはまるで自分に酔いしれるように、俄然頑張ってオススメをチョイスし始める。

「初めてねぇ~、はいはい、そうですかそうですか。だと、やっぱり、これかなぁ~、と思うんですよね。マニアからは、『若干、それって定番過ぎない?』なんて言われそうなんですが。それでも、まぁ初めてとなると、ここを通らないと、っていうアルバムを勧めざるをえませんね。それって、ほらぁ?『ブルースへの敬意』みたいなもんなんですよ」
そうして選ばれたアルバムもビニールパック済みで、当然、試聴はできなかった。店員さんはそのアルバムを前に、いかにこのアルバムが時代的に価値があるかを力説し、太鼓判を押して来る。

僕は「時代的な価値」などと言われて、少々不安になり、自分がハーモニカを吹いていて、演奏の参考にするために欲しいのだとも付け加えてみた。音楽への興味より、教則テープの延長線上にあるような物が欲しかったからだ。
すると店員さんは、さらに語気を強めて来る。
「そういう人なら、なおさらにこれは聴く必要があります。っていうか、これを聴かなければ、その先へは進みづらいんじゃないかなぁ。それこそ、『ブルースハープ』を極めるのに、他の道は遠回りなんじゃないかと思いますがね」

不安の中、押されるがままにそのアルバムを購入し、家に帰ってプレーヤーで聴いてみるものの、それはすでに音がズレているほど時代の古いレコードで、ぶつぶつと雑音が入り蓄音機で聴いているような感じだった。さらにその内容もテクニカルなハーモニカなどではなく、無名な誰かが気まぐれに吹いているという印象の演奏だった。
ブルースというジャンルのファンならよだれが出る逸品かも知れないけれど、当時の僕が欲しかったのは、歴史的な価値ではなく、ハーモニカの技術的な見本演奏なのだ。

このアルバムは全くの的外れではあったものの、僕は後日、同じ店に立ち寄り、同じ店員さんに、「一回は言われたものを買ってはみた」事を恩着せがましく全面に押し出しつつ、さらに細かく自分の希望を付け加え、再度オススメを聞いてみる事にする。
今度は映画「クロスロード」を見てブルースを知った事や、教則テープで演奏していたハーモニカ奏者などの詳しい話もした。最後にはホーナーのハーモニカカタログも見せ、その中で紹介されている奏者の参加アルバムが欲しいとまで言ってみた。

店員さんは僕の話に落胆しつつも、自分が勧めたレコードを返品しに来られるよりはと思い直したのか、「自分の好みではないんですがね」とか「ブルースかといえば、自分ではそうは思えないのだけれど」などと前置きしながら、一般的なテクニカルなブルースハーモニカ奏者のアルバムを出して来た。
それでも、そのオススメ候補のレコードだけで数枚はあり、僕はその中から、ジャケットの印象だけで購入するというギャンブルをするしか無かった。

つづく


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