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0話 はじめに

「それ」について、僕には言いたい事が山ほどあるのに、まだ語り始めの部分が思いつかないでいる。

例えば「必殺技」。
僕が子供の頃は、漫画やアニメでは定番だった。
物語の山場、ギリギリのどこかで、主人公達はそれを出し、見ているこちらは「待ってました!!」とばかりに拍手喝采を送る。
それを出すタイミングは、できるだけ最後まで引っ張る方が効果的だ。
使える回数や、使える条件なんかが決まっているのも面白い。
とにかくのべつまくなしどこでも使えるっていうのはダメだ。
いざっていう時のとどめの一撃、そんなタイミングで繰り出すべきものだ。
一度だけ使うから意味がある。絶対的な力だから格好がいい。失敗はない。
特例で効かない宿敵が出て来るなら、それはもっとスゴい必殺技が出る前フリのはずだ。

僕がある日、出会ったのは、そんな「必殺技のような存在」だった。
まぁ、なんていうか「技」じゃなくて「物」なんだけれど。
そこのところがうまく説明できない。
僕にとってのそれは、必殺技っぽいところが魅力なのだ。

見た目は大して価値がないように見える。多分、盗まれもしない。
周りからそんな風に見られているのも、ちょっとした強みだ。
いざというその時まで、相手を油断させるからだ。

小さく、力も弱そうだ。値段も安い。
自分が子供の頃に、小遣いでもそれを買えたほどだ。
それくらいの物のくせに、ある条件が揃うとそれはいきなり必殺技っぽく、無敵の力を発揮する。そういうところが、僕にはたまらない魅力なのだ。

そして、それを可能にするには、扱う側の訓練が必要だ。
もちろん、手軽に買えるからって、誰でも扱えるって事じゃない。
でも、まぁ、血がにじむような苦労とかはいらないかな。
その訓練が意外なほど面白いから、僕は使い方を覚えたというか、頑張って達人を目指したというか。

つまり、それは一種の道具って事だ。
いざって時には戦えるので「武器」って言ってもいいかもしれない。
とにかく、そういういざという時に使う、必殺技みたいな、そんな「凄い物」の話をしたいと思う。

僕が子供の時に出会った「それ」は、10cmほどしかない小さな「ハーモニカ」だった。
ハーモニカっていえば元々小さいけれど、その中でも、さらに小さい種類のハーモニカだった。
だから、誰もが最初はそれを「小さな、なんて事のないものだ」と見くびってかかる。
そう、この段階でもう必殺技が繰り出される前フリが、すっかりでき上がっているって訳だ。
「まさか、お前のような奴に!!」ってね。

これからが、まさに説明のしづらい部分なんだけれど、まぁハーモニカだから、一応は音楽を演奏する為の楽器な訳だ。
「じゃあ、必殺技って演奏の事?音楽で戦うの?その音色の感動で、相手をノックアウトするとか?」って聞きたくなるところだろう。

ここで僕が「そうです」って答えられれば、話は早いんだけれど、残念ながらそんなに単純ではない。
大体が、僕はもともと音楽にも楽器にも、これっぽっちの興味もなかったし。
それに僕が気に入ったのは美しい音色とかじゃない。「ポワ〜ン」ていうとても奇妙な音だ。
音楽っていう感じじゃない。メロディーですらないからだ。

とにかくどんな時でも、最初にその小さなハーモニカが登場した途端に、誰もが同じような反応をする。まるで悪者が主人公をからかう時みたいに「なんだ、お前は!?なめんなよ、チビ助が、ぶっ飛ばされてぇのか!?」とか「あら、かわいいわね。あなた、何かできるのかしら?」みたいな感じで、それは不思議なくらい、舐めた態度で迫って来る。

なのに結局最後は「参りました」って、その小さい奴に頭を下げる事になる。
そういう全部が、必殺技っぽいのだ。

なんだその話は?訳がわからない。きっとそう思うはずだ。
だから、僕は「その小さなハーモニカの音が必殺技だ」とか「音楽の力で戦うのだ」というような、シンプルな言い方ができなくて、いつも困っている。
結局はその小さなハーモニカの存在自体が、必殺技っぽいと、表現するしかないのだ。

僕は子供の頃から、その小さなハーモニカを、どこにでも持ち歩いていた。
吹くとか演奏するとかっていうより、いざっていう時の「必殺技」として使う為に。
もちろん、本当に何度も使って来た。
それこそ、自分の「必殺技」として。

今から書くのは、僕がその小さなハーモニカを、まるで必殺技みたいに使えるようになるまでの失敗談だ。


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