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48話 ジャッカ、ジャッカで仲直り

その日は、珍しくQ君を僕の家へと招いていた。高校生の頃の僕らの演奏の練習はいつもQ君の家でだったけれど、スタジオでのケンカ分かれの後に自分から連絡をしたのだから、こちらが積極的になる方が良いと思えたからだ。かといって、何か特別にもてなすというものでもなく、単にコーヒーを片手に話すくらいのものだった。
「最近、バスの本数が減ったよね」とか「前に来た時から部屋の模様替えをした?」とか、どうでも良い内容から久しぶりのQ君の言葉は始まる。僕はそれらにぽつりぽつりと答えながらも、なかなか以前のようには会話がはずんではいかなかった。

電話では、僕の方から仲直りの意志はそれとなく伝えてはいたものの、正直言えば、まず一言Q君側から謝ってくれればと思っていた。あの後も何度考えたって、ケンカの理由があまりにも一方的なQ君の身勝手さから来るものだったからだ。
僕からは「ギターを持って来なよ」とは伝えていたものの、彼の傍らにあるギターはなかなかケースから出て来る気配が無かった。そうなると僕の方も、自分からハーモニカを出す訳にもいかず、どうしようもなく手もち無沙汰だった。このままだと「先に楽器を出した方が負け」という事を競っているような、おかしな雰囲気になって行ってしまいそうだ。
一通りの挨拶のような会話が済んでも、「どう、元気だった?」から始まる次の言葉が出て来ない。卒業後お互いになんの共通点も持たなくなっていたのもあって、会話は盛り上がりようもなかった。

いつまでも話が弾ませられない僕は、とりあえず「音楽の話題」という事で、専門学校のクラスメイト25人で撮った「スタンド・バイ・ミー」演奏のビデオを見せる事にした。
時期的には少し前のものだったけれど、僕は他にこれといった音楽活動もしていなかったので、それ頼りだった。
けれど、いざ見せるとなると、密かに自分の演奏力とイベントでの実行力を見せつけ、半ば自慢したくもあった。

ビデオ映像を再生しながら、僕は専門学校のクラスメイトの話をし始める。年齢層が幅広いとか、目立ったファッションの女の子が多いとか。一方のQ君の方は、クラスメイト達のおのおのの楽器の事を話題にするだけで、他にはまるで興味がないようだった。
ビデオを眺めるQ君を見ていると、一緒に見ている映像がスタジオを舞台にしているだけに、またかつてのスタジオでのケンカを振り返り、怒りの感情がムズムズと湧き出して来る。
仲直りをしたい気持ちはあるのに、やはりスタジオの件で「ほとんど音が出せずにワリカンに応じた事」がどうしてもまだ胸にひっかかっていて、ビデオを例にして「簡単な曲をやれば全員が楽しかったはずだ」と、反省させたいくらいの気持ちすら持っていたのだ。そうでなくとも自分の活躍をQ君が悔しがってくれれば、少しは気が晴れるというところだった。

ところがこの時のQ君は、悔しがるどころか、僕の演奏の中にあるテンホールズハーモニカの特殊技法をするどく見つけ、意外にも誉めそやしたのだ。
それは「高音ベンド」という奏法で、高い音を強く吹いて半音落とす技法なのだけれど、高校生の頃はまだ出せていなかった音だった。僕は素直に、その点に気づいてくれた事が嬉しかった。
それ以外にも、Q君は僕の企画力や統率力などを褒め続けた。彼の物言いは評論家のように饒舌で、専門的に評価をしてくれているように感じさせる。ややいきなりな会話の展開ではあったので、Q君なりに、気まずさをなんとかしたい気持ちもあったのだろう。

そのやりとりですっかり気を良くした単純な僕は、実はこの演奏の後のビデオ上映会でみんなにひやかされたのが元で、もう人前でハーモニカを吹かなくなってしまった事や、現在の演奏のあてのない日々までの全てを、素直に話してみた。
それを一通り聞いたQ君の方も、スタジオの件を素直に謝るとまでは行かなかったまでも、あの日以降、いろいろな事が上手く行かなくなってしまったというような話をし始める。それはあまり見た事のない、弱気な彼の表情だった。

気がつけばQ君のギターがいつの間にか登場していて、いつもの「ジャッカ、ジャッカ」のブルースが始まっており、僕はセカンドポジション奏法で思いっきり「ポワ~ン」とテンホールズのベンドを楽しんでいた。
ブルースの本来持つ絆みたいなもののせいなのか、僕らのわだかまりは完全に消え「あの頃はお互いに若かったよな」などと、たかだか数ヶ月ほど前の話を格好をつけて振り返った。

そのまま「これからもまた一緒に、練習だけでも続けて行こう」という話になり、今度は2人だけでスタジオを予約する事になった。
そしてスタジオ入りの時は、前回の反省を元に、あえて完成しそうな曲を事前に2曲だけ決めておき、それを納得ゆくまで練習し、しっかりと録音まで行った。
その録音テープの完成度が何よりも嬉しかった僕は、テープが擦りきれるほど聴いて、自己満足にひたりまくっていた。

特に発表をする事もなく、ただ練習をし、録音をする。それを自分達で聴くというだけで十分嬉しかった。ちょうど中校生の頃、漫画を描いていた仲間で集まり自分達の漫画をコピーして束ねて、わいわいと回し読みしていたような甘ったるいひと時だった。

つづく


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