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今、書くべきことを書く

 唐突な話だが、私は散歩が出来ない。性格的に、無目的でブラブラするのが耐えられないのだ。

 今日は予定が2件あった。ちょうど同じ出先なので効率が良くはあるが、互いの時間が妙に空いてしまっている。3時間あれば間違いなく映画館だ。わたしは経済的なゆとりさえあれば毎週でも映画館に行きたいほどだ。それほどにあのフカフカのソファーで食べるキャラメルポップコーンを愛しているのだ。しかしここの近郊の映画館には、流石に観たいものがない。調べるとこの時間はポケモンとクレヨンしんちゃんの二択であるが、50を前にしたおっさんにはかなりきついものがある。

 となると買い物か。まず服だがこれは論外だ。私の服は全てかみさんが決め、用意されたものをひたすらに着ているのだ。私が選ぶものは黒やグレーばかりで、無難で自己主張がないと叱咤、辱められている。しかもかみさんにはその道のブレーンもいるので、身内ながら間違いがないと言えるだろう。靴や帽子、アクセサリーなども同じで、私か選んだものと言えば、最近ではお正月に食べたカマボコくらいのものだ。

 では何か食べようか。ここに問題がある。実は私は今ダイエットを強いられているのだ。基本的に炭水化物をカットする事から、食べられるものがかなり限られる。好き嫌いも多いのでなおさらだ。甘いものも同じく控えなければならない。これも大の甘党には過酷な仕打ちである。帽子を深めに被れば、今でも女子に混じって無言でケーキバイキングに乗り込めるくらいなのに。だいたい甘いものが好きで太ったのだから、甘いものを控えて痩せるなど、まことにくだらない発想だ。そもそもが、控えられないから、太ったのだ。

 家具、寝具、電化製品、PCまわり、風呂まわり、台所まわり、ガーデニング、ギフト用品などなど、街にはありとあらゆるものが所狭しとならんでいる。
それにしても、どうしてこの世には、こんなにも必要のないものが溢れているのか。そしてどれもこれも、私の胸をときめかせてはくれないのか。今週見たものの中でも、私がかろうじて覚えているのは、懐かしいスライムの復刻版とぜんぜん似てないアロワナのぬいぐるみくらいなものだ。

 仕方がない。こうなると、今出来る時間潰しはただひとつ。人生の無駄遣い、、、散歩だ。

 それにしても、いったいどうすれば、散歩を楽しめるのだろうか。さすがは人生の大先輩、高齢者の方々。先人の知識と経験から、全ての行為を楽しめるという訳か。

 子供の頃、犬を飼っていた時ですら、犬を運動させるという目的で散歩していたのだ。祖母の買い物の荷物持ちであれ、近所のお使いであれ、そこには明らかに役割分担を担うという目的があり、脇目も振らずに帰ってくるという目標もあるのだ。

 住宅などを眺めるのか。う〜ん、良い家だなぁとか言いながら。主人が出てきたらどうする、握手でもして語り合うのか。「何を覗いてる!」なんて怒鳴られるのが現代だ。それに天性の間の悪さから、たまたまの応接間窓際殺人事件を目撃してしまうかもしれない。そうなったらもう次の予定どころでさない。石原葬儀社に連絡して、片平なぎさに来てもらわなければならない。電話口に出る山村紅葉の小芝居を想像すると、かなりめんどくさい。

 食べ物屋のショーウィンドウでも眺めようか。いや、無理だ。眺めると、すぐに注文を決めてしまうだろう。だいたいモチーフこそ違えど、全てロウ細工ではないか。これらに興味があるのは全国ロウ細工協会の会員くらいなものだろう。そもそも何かを食べようか、などという感情はない。あれが食べたい、そう強く思って店に向かうのだ。イタリアのマフィア同様、「おい、食ってやろうか」じゃない、そう思った時には、もう口に入れているのだ。

 だめだ。現実的には、私は散歩が出来ない。となると、想像の世界ではどうだろう。例えば、私はたまたまこの星に送り込まれた偵察員で、派手な行動を慎みつつも、その星の生命体の特性や文化などの把握に努めている、というような空想の中を、散歩するというのは。

 私はアン・コーデリア・シャーリーと考え方がとても似ている。赤毛のアンならぬ薄毛のテツだ。唯一彼女と考え方が違うのは、ギルバートが髪をニンジンとからかった時に、石版で頭を殴らず、「そうそうグリーンゲーブルズは八百屋もやってまんねん、、、って、なんでやねん!!」と、ノリツッコミをしなかった点だ。モンゴメリーもまだ若い作家であったというところか。

 まぁ、ともかく、この空想をしながら街をブラブラとすることから、私の散歩への挑戦をスタートさせることにしよう。そう、これからが、私の散歩ライフの始まりなのだ。犬も顔負けの散歩を見せてやるぞ!!と、意気込んだところで、ちょうど時間となった。次の用件に向け、ひたすらに歩くのだ。

 こうして、今日もまた私は散歩をする事が出来なかった。いつかは、目的もなく、風まかせに街をぶらつきたいものだ。