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上野にあったハロプロショップの話

中学生の頃、好きなバンドが出るというNHKのMUSIC JAPANを見ていると、あるハロプロのグループが出てきた。なんとなく見ていると、その中に一人ずば抜けて歌のうまいメンバーがいることに気付いた。気になって調べてみると、そのメンバーは自分と同い年だった。なぜだか分からないが、その瞬間、彼女のことを好きになっていた。

それからはCDやDVDを購入したり、テレビ番組をチェックしたり、ファンレターを出したりと、ファンとしての活動をしていたのだが、ライブや握手会に行って、直接姿を見ることはできなかった。ライブや握手会がある時に東京へ行って帰ってくるということは可能なのだが、お小遣いの大部分が普段のCDやDVD、かわいい便箋の購入に消えてしまっていた中学生の僕には、往復3万円の飛行機代を用意するのは至難の業だった。

だがそんな中、彼女のことを好きになってから数か月経った頃、部活動の遠征で東京に来る機会があった。遠征のしおりを見ると、行程の中に上野で自由行動ができる時間があることに気付いた。しめた、と思った。ハロプロショップに行こう、と思った。

ハロショなるハロー!プロジェクトのオフィシャルショップが都内に数店舗、上野にもあることは知っていて、いつか行きたいと思っていた。ファンの間では「ハロショ」と呼ばれているようなのだが、そういうのを教えてくれる人もいなかったので、僕は長めに「ハロプロショップ」と呼んでいた。友達と一緒に行くとなんだかうるさそうなので一人で行きたかったのだが、田舎者の中学生の少年たちには単独行動が許されておらず、仕方なく友達と行くことにした。

当日、自由行動の時間が開始し、当時携帯電話も持っていなかった僕は家で印刷した地図を片手に数人の友人を連れて上野の街を歩いた。ハロー!プロジェクトオフィシャルショップ上野店があるアメ横センタービルという建物は、上野駅側から向かってアメ横のメインストリートっぽいところが二又に分かれるところの、その二又の間にあった。道玄坂の109のような感じである。(というようなことが東京で暮らすようになり言えるようになったなあと思う)

アメ横の生臭いにおいを感じながら階段を上ると、4階に店はあった。少し緊張しながらも店に入ると、壁一面にハロプロのアイドルたちの写真が所狭しと貼られていた。一瞬胸躍ったが、それと同時に友人たちも「なんだよこれー!」と大声を張り上げ、店員や他の客たちが眉をしかめるのが分かった。僕はとても恥ずかしくなり、最近発売された彼女の写真集の注文番号をひとつだけ用紙に書き殴りレジで会計をし、依然として騒ぐ友人たちを引っ張り出し店を後にした。

絶対今度は一人で来ると決意しながら、その後は友人たちの行きたいスポーツショップなどに付き合い、宿舎に戻った。その夜、その写真集を友人たちと一緒に見た。友人たちは僕がアイドルに熱狂しているということを普段から茶化しており、そのアイドルのことも「全然可愛くない」と言っていた。写真集を見ても上野のハロプロショップ内と同じように「なんだよこれー!」と声を上げるばかりだったが、なぜか途中から鑑賞会に参加していたコーチだけは「この子めっちゃいいじゃん」と言ってくれた。

それから一年に一度の家族旅行で東京に来たときは、一人で上野のハロショに行った。何十枚も生写真を買って下る生臭い階段はなんだかとても嬉しかった。

だが、高校に入ると同級生で好きな人ができ、そのアイドルへの熱狂も徐々に冷めていった。そう考えると、そのアイドルへの感情もまた恋に近かったのかもしれない。CDやグッズを購入することはなくなり、時々MVをネットで見たりするだけになった。東京に来た時も、ハロショに行くことはなくなった。

それから経ち、高2の夏にできた恋人に、高3の夏にふられた。その夏のある日、時々ハロプロの話をしていた後輩から、そのアイドルが雑誌の撮影で、今日島で行われるお祭りにやってくるという話を聞いた。その後輩とともに祭りの会場へ向かった。

だが待てども暮らせども彼女は現れず、夜8時くらいになってその後輩は帰ってしまったが、僕はあきらめる気になれず(失恋のショックもあったか)、じっと待ち続けていた。すると、その話をしていた別の後輩が向こうから走ってきて、「あっちにいましたよ!」と教えてくれた。

そちらへ向かうと、屋台の明かりに照らされて、浴衣姿の彼女が数人の大人とともに佇んでいた。少しの野次馬のような人だかりもできていたが、僕は彼女の方へ近づいて行き、上野のハロショで買った彼女の数個前の写真集とマジックを差し出し、「サインください」と声をかけた。当たり前のようにマネージャーらしき女性に「サインお断りしてます」と一蹴されたが、彼女は「ありがとうございます」と言ってくれた。普段人の目を見て話すことができず、その時も僕は彼女の顔を見ずに下の方を見ていたのだが、彼女は笑顔でこちらを見ながら言ってくれたことが分かった。

嬉しかったが、それから彼女にまた恋をするといったことはなかった。彼女が所属していたグループは数年前に解散し、今彼女はソロで活動している。かなりの人気があって、武道館でソロのコンサートをやると聞いた時には、スゲー、と思った。中学の頃はバカにしていた友人たちも今では「めっちゃ可愛いよな」と手のひらを返している。

上野のハロプロショップは、2013年の5月に閉店してしまったらしい。僕が東京に出てきたのとほとんど同じ時期だ。高校の時に島の祭りで見た彼女の姿よりも、中学の時に嗅いだアメ横センタービルの階段の、生臭いにおいの方が、今鮮明に思い出せるのは何故だろうか。

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