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意思決定は労働だ

私は自立心が強いほうで、自分のことはできるだけ自分で決めたいと思っているし、どんな選択をしたとしても自分が決めたというその事実だけで結果に満足ができるお得体質である。

ただ、自己決定をしたい気持ちが強いだけで、意思決定にエネルギーを要しないわけではない。決定を数多く迫られると、疲れてしまう。

私の職場には、「意思決定をしない役職者」が数多く存在している。意思決定しないんだったらそこどけていただけるとありがたいんですけど〜と嫌味の一つも言いたくなるが、意思決定ができない背景に思いを馳せるとネズミの小指の爪の先くらいは立場を理解してあげることができる。

決断する能力がないのではなく、決断するエネルギーがないのだ。これを心理学では決断疲れという。

Wikipediaからの引用で恐縮だが、

両立しないものの間の妥協、いわゆるトレードオフは、高度でエネルギー消耗の激しい意思決定である。精神的に擦りきれた人はトレードオフに対して億劫になったり、大変粗末な選択を行う。

だそうだ。

まさしくうちの会社の役職者が陥っていることだろう。

意思決定エネルギーに限度があるとすると、よい意思決定のためには、できるだけ意思決定しないことが重要になる。

数字やファクトで物事を考えるとか、基準を予め作っておくといったことが対策になるだろう。(考えてみれば意思決定が苦手な人はこれができていない)

意思決定はエネルギーを食らう労働だから、決めることの多い人は大変よねーと同情はするけども、労働なんだから結果出してよ、もまた本音である。

かくいう私も最近意思決定エネルギーが足りなくなっている。だから衝動買いも仕方ないのだ。土曜にも何かが届くはずだが、何が届くのかすぐに思い出せない。ガス欠極まれり。

「何食べたい?」って聞いて「何でもいい」と返す問題についても語ろうと思ったが、明日の意思決定エネルギーを蓄えるために今日はもう休むとする。おやすみだ。

(どみの)

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