人の好みの話2

前回昔仲良かった人が時を経て苦手になったという話(https://note.com/hammer8969/n/nec3f7e4e1afa)を書いたのだが今回はその逆パターンのお話。

その当時は"なんか癪に触るな"とか"偉そうに知ったような口きいてるな"などなど癇に障ってイラつく人がまぁ割といたわけだけど。


改めて考えて今の自分が感じる印象は"真理をついてて真剣に物事を考えてるんだな"とか"色々意見を発しているのもきっと変わろうと努力してるからなんだな"と素直にそう感じ取れる部分が多くなった人も沢山いる。

なんか上から目線な感じにになってるがそう思えた理由も色々あって、それこそ当時は良くも悪くもなかなか活気盛んで自身自分の考えが全てみたいな極端な考え方をしていたことや、色々言ってたその人達も正しいけど言い方が少々強い部分がぶつかり合って結果として相性が悪かったなって。

ただ前回も書いたのだが、色んな経験をしながら時を経ることでモノの見方や価値観も変わってくるわけで、この何年かも俺がしたい事や信じたものに突っ走って挑戦するなかで自分の考えの未熟さや身の丈にあってない思考を痛感して"自分の弱さ"に気づいた事や、自分に対してしっかり優しさをくれる周りの人達の存在に本当の意味で気づいてそれを構える事なく素直に受け入れる事が出来るようになってきた。


そう思えるようになって自分に思ったことは


"いや、あの頃の俺全然あかんやん??!!"



てことで早急に考え方を改め視野を広げるように努力をした。

元々根付いてた思考を変える事は平坦な道ではなかったけど"変わりたい"その一心で動いていたら、その気持ちに共感そして協力してくれる人が多くてさ、そこで自分が人に恵まれているんだなって強く実感出来たしその人達の気持ちに俺も応えれるようになりたいという気持ちが芽生えた。

だから過去に感じていた当時の人達への嫌悪感はもう全くなくて今となってはカッコいいって思えたり尊敬すらしてる、違いなく俺の人生において重要な存在だと俺は一方的に思っている。


ありがたい事に最近は周りに良い人たちばかりでそれだけで自己肯定感が少し上がる。


嫌いだったと言いつつでも本当はこうなりたかったんだろうな、そうなれない自分に嫌悪感を感じで勝手にプライドが傷ついた気になっていただけ、その気持ちを発散するには他者を攻撃するしかなかった。

バカみたいだ。


でも時間かけてようやく気づけたんだ、この気持ちをしっかり大事にしよう自分のことも他人のこともたくさん褒めよう。
"好き"は沢山伝えよう。


なんか纏まらないのでこれにて以上です。

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