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想いは澪標に寄せられて



ジュウネンブゥリデスカ

 授業で習ってやたらと耳に残っている言葉ってあるもんだ。それが大正デモクラシーかもしれないし、墾田永年私財法かもしれないし、ビルトイン・スタビライザーかもしれない。私にとってはそれが「澪標(みおつくし)」であった。

 澪標とは船が浅瀬に座礁しないように航行可能な境目に立てた、言わば船の道しるべとしての杭などを指すと、古文の担当のおばあちゃん先生から習ったことを覚えている。和歌に対する想いが強い人で、特に恋の和歌を説明する時には感情が入りすぎて、頬を赤らめるような可愛い先生だった。時おり熱くなりすぎて、「暑い暑い」とハンカチで扇いで授業が一時中断するなんてことはざらにあった。Y先生は元気でやっているだろうか。

 そんな情緒豊かな先生から聞く言葉だったからなのか、澪標を用いた短歌には大抵、掛詞として「身を尽くす(し)」というような身体ひとつを懸命に使うという意味や、「澪標」自体が目印として立てられているため、導きの象徴として考えられているという話も覚えている。話を聞いていて漠然としつつも、澪標という言葉が素敵だなと思った印象も覚えている。

 派生して「澪」という漢字と響きに惹かれたことも覚えている。さんずいに「零」の字。妙に格好いいではないか。澪、うん。素敵だ。
 余談だがその一年後に某有名な、女子高生軽音楽部のアニメがブームとなる。しかしながら私は断然、紬推しであることをここで述べておく。

 澪標は大阪で初めて立てられ、船が通れる水脈を知らせていた。その名残もあり澪標のマークは大阪市の市章となっている。ちなみに静岡県の細江町の町章としても澪標は使用されていたが、浜松市へ編入合併により細江町は消滅している。


 先ほどの十年前の記憶を急に思い出したのは「ラブライブ!サンシャイン!! Aqours 4th LoveLive! ~Sailing to the Sunshine~」の数日前、ライブに向けての記事を書いていた時であった。
 もしかしたら、4thライブでは自分にとって澪標が一つのキーワードになりそうだと思い始めると、どうしてもあの時に使っていた古文のノートが見たくなってきた。

 少しパソコンから離れて部屋を探してみるが、まぁすぐには見つからないものである。しかしそれも無理もない。十年も前のノートであり、当時お世辞にも進学校とは言えなかった高校の古文の授業、センター試験で用いるような古文単語など一切習わず、和歌が大好きなおばあちゃんの話を聞いていたようなものなので、浪人になったのを境に捨ててしまったのかもしれない。そんなことを考えながら、久し振りに押し入れの戸を開けた時だった。




 みつかるものである。マジで捨てたと思っていたのだが、何故か倫理と現代文と、家庭科の教科書と一緒にそれは残っていた。驚きと共に、十年前の自分と対話をした気持ちになる。お前そんなにあの授業、覚えてたんだな。


セカイのかけら

 十年前の自分もほんのちょっとだけ引き連れて過ごした2日間は、心の底からかけがえのないものと思える日々だった。それはAqoursから貰ったパワーで闘っている方と、連番で一緒に観ることが出来たからであり、普段Twitterでお世話になっている皆さんとお会いできたからでもある。

 そして何より、私たちの声が届いていることを実感させてくれたAqoursと、誰も見たことのない新世界への船出を目の当たりにすることが出来たからである。

 船出を文字通り表すかの如く巨大な船に乗ってやってきた彼女たち、東京ドーム2日目の公演で披露した曲は「WATER BLUE NEW WORLD」であった。この公演でのこの曲を聴くまでは、私はこの曲に対し焦りに似たような焦燥感に駆られていた。


 Twitterでのツイートの通りであるが、今回のドーム公演ではいつもとは違っていた。巨大な船に乗った彼女たちはダンスを踊りつつも、時折り拳を挙げて私たちを煽っていく。煽られた私たちは声をあげてそれに呼応する。私の観ていた場所は船をほぼ真正面から受け止めるような位置であった。
 そこからの景色は、Aqoursの煽りがまるで扇いでいるかのように見え、私たちの声は風になって巨大な船が動き、こちらへ向かっているようであった。気づけば私も一陣の風となっていた。

 そして印象強いフレーズが迫る。前回のライブでは、埼玉公演でも福岡公演言えなかったフレーズ。私は約6万人の風に押されて叫びだした。

 もう「動くことを諦めない」と叫んだ私に、次に提示したのは彼女たちの今現在の「動くことを諦めなかったことでの経験談」であった。1人から2人へとそして9人へと繋がる経験談は何よりも説得力があるものであった。そして経験から波及した想いは人数を増やし11人で新たな形となる。
 成長したねって言ってもらうには、誰かのおかげで成長できていることに自ら気づくことが必要なのかもしれない。




 11人の文脈の主語は次の曲で更に大きくなる。Aqoursはそれぞれに君も仲間だよと語りかけ、この曲の間だけ6万人ないしは全世界のキモチをカウントアップと共に空へと飛ばした。
 しかし飛ばしたキモチをそのままにしてしまうとただの抜け殻になってしまう。今度はうたを歌うことでキモチをそれぞれの胸へと返していく。
 返されたキモチを見てみると、それは勇気へと形を変え、丁寧にラッピングされていた。そういえばプレゼントの送り主たちはこの曲のイントロで「歌って」と言っていた。ならばこちらは歌うしかない。

 会場では約6万人と、たった1人のやり取りが行われる。6万人が1人の歌を聞き、1人の「夢が」という問いに「たくさん」と歌で答えていく。やり取りを終えた後、たった1人の彼女は優しく微笑んでくれた。


青色の帰り道

 動くことを諦めないと叫んだ私にとって、「WATER BLUE NEW WORLD」から「勇気はどこに?君の胸に!」の流れはこみ上げてくるものがあった。しかしここで感動したで終わるのはなんだかもったいない気がしてならない。Aqoursから貰った活力を、日々のモチベーション維持だけでなく何か形に残してみたいという欲が出てきてしまったようだ。いやこの欲は前々から出てきていたものであったけれども、躊躇して蓋をしていた状態だったかもしれない。

 なのでここで「仕事関係上で用いる検定試験に合格する」なんてありふれた目標を掲げてみる。難関な試験とは言えないが、ラブライブ!に出会っていなければやろうとも思わなかったであろう、一つの小さな到達点だ。もういい加減、指をくわえて輝きの跡を目で追っていくのは御免だ。

 私は前回の記事で、普段Twitterでお世話になっている方々を「風」にみたてて、それを動力源に帆を張って進むと表した。そのおかげで東京ドームに行き着いたのだが、今回も会場の6万人の風を受け、今まで叫べなかったことも大きく叫ぶことが出来て、自分の港へ戻ることになった。そのおかげか、帰りの海はいつもと違う新しい青さで広がっていたのだ。

 私はこのライブで観た景色を「澪標」としてドーム前に打ち立てて、引き返すことにした。またこの場所を、身を尽くして一歩でも前に進めている自分になって帰ってこれるように、それでいて前のめりになりすぎて座礁しないように。そんな想いもこめてみる。

 「座礁しないように」と表したのは、ラブライブ!ありきで人生を動かすのではなくて、あくまでも人生の一部にラブライブ!があることを忘れないようにしたいと思ったから。そうしないと、いつかは訪れるであろうラブライブ!の区切りと共に、自分が動けなくなってしまうのは違う気がするからである。

最後に澪標を用いたある和歌にも触れたいと思う。

”難波がた 何にもあらず 身をつくし ふかきこころの しるしばかりぞ”

 この和歌は筑紫(昔の九州の呼び名)から女友達へ櫛(くし)をプレゼントする際に詠まれた歌である。
 「大したものではありませんが、難波(昔の大阪の呼び名)の澪標のような、身を尽くした深い心からのしるしとして、贈り物である櫛を差し上げます」という意味であり、大阪にある澪標住吉(すみよし)神社では澪標のモニュメントと一緒に展示されている。

 本来、櫛には「く(苦)・し(死)」といった縁起の悪い意味合いがあって、プレゼントには向かないと言われているが、一方では争いごとを髪を梳くようにときほぐすという意味もあり、遠方へと旅経っていく人に贈るのならば「また再会出来る」という言い伝えもあるという。

 こうした意味からも澪標は縁深く結びつくことが見え、何となく素敵な言葉だと思っていたのが、十年の時を経てその魅力を再発見することが出来たのであった。

 Aqoursは4thライブでのMCでまた東京ドームに戻ってくると言った。ならば私も戻ってこよう。澪標を航海の道標として。





 お読み頂きありがとうございました。今回は出典元のリンクも貼っておきます。歴史背景をきちんと把握しているとは言えないので、和歌の背景も「コイツにはそう見えた景色なのか」と思っていただけたならば…。
 ちなみに次回Aqoursに会えるのは市章が澪標のイメージとなっているファンミ大阪公演。これも何かの縁だと思って楽しみたいものです(笑)

・澪標住吉神社
http://www.kita-umeda.com/6434/http://www.kita-umeda.com/6434/

・澪標について
https://monumen.to/spots/8487

・拾遺愚草全釈 参考資料集 後撰和歌集(巻十五 雑一 一一〇三より)
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/teika/t_siryou03.html#GM15



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