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ツェッテルカステンは『独学大全』でいうとどの技法にあたる?

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はじめに

「ツェッテルカステンって……いったいなんなんだ!!!」

いらっしゃいませ。本日は、お立ち寄りいただいてありがとうございます。

この記事にお立ち寄りいただいたということは「ツェッテルカステン」か「独学大全」のどちらかに興味をお持ちの方ではないですか? どちらかといえばツェッテルカステンに興味をお持ちの方、さらにいえば「ちょっと試してみたけどしっくりこない、もう少し深堀りとか説明が欲しい」という方が大半だと思います。

これらについては追って概要をお話ししていきたいと思いますが、ひとまず『独学大全』は、興味がおありなら、お読みになればわからないということはありません。分厚いですが、記述も例も平易です。

しかし、ツェッテルカステンはそうではありません。きっと興味を持った多くの人が混乱していると想像しています。わたし自身がそうだからです!

ツェッテルカステンという蠱惑的な手法に畏怖と憧憬を抱いてしまい、徒手空拳・試行錯誤し始め、そして、半年ほどでしょうか、ようやく手応えを感じた気がする……そんな一人だからです。

わたしは生物学の研究者(ポスドク)として研究を進める方法に興味があり、自ら改善していきたいと考えています。

ドイツの著者ズンク・アーレンスは『TAKE NOTES!』で、「ツェッテルカステン」を効率のいい学習と研究の手法だ、と言っています。この本で主に紹介されているのは20世紀の社会学者ニクラス・ルーマンの「研究」で用いられたツェッテルカステンです。

ちょっと待てよ。学習法は一見研究とは別の次元にあるんじゃないか? と考えるひとがいてもふしぎではありません。しかし、学習とは研究や執筆というアウトプットの礎となるインプットで、たしかに一理あるものです。

現代日本に目を転じますと、書店に巨大な黒い本が並んでいます。読書猿『独学大全』です。

「大全」というのだから学習法の網羅を標榜しているわけですが、そうすると、学習法としてのツェッテルカステンも『独学大全』のいずれかの手法として位置づけることができるはずです。少なくとも『独学大全』の目指すところは既存の知を適切に習得することにあり、ある程度のスコープは共有していると考えて差し支えないでしょう。

『TAKE NOTES!』の著者・アーレンスは、ニクラス・ルーマンのツェッテルカステンを解説しました。では、このツェッテルカステンは、『独学大全』のどの技法に対応するのでしょうか? というのが、本記事においてわたしが考えていく問いです。

これはいじわるな問いではありません。

事実、わたしはこれを考えて、以前よりもツェッテルカステンを深く理解した自覚があります。

また、『独学大全』という本に対していえば、歴史上の実例をケース・スタディとして『独学大全』の有効性を見積もってみようというものです。そこには今後『独学大全』という本に紹介された技法を自分で援用していく参考にしたいという意図があります。


そもそもツェッテルカステンとは

ツェッテルカステンはドイツ語でカードや紙片をあらわすツェッテルと、ハコをあらわすカステンからなる語です。カードボックスです。アーレンスの本の英語版では、slip boxと書かれているようです。「ツェッテルカステン」というのは無理矢理の造語というわけではないと思います。少し勉強した人はわかると思いますが、ドイツ語というのは二つの語をただつなげることがしばしばありますね。バウムクーヘンも切り株状のケーキです。漢字の熟語とそんなに発想は違いません。

あとドイツ語にしばしばみられるように、過剰にイカついですね。余談になりますがクーゲルシュライバーという単語を聞いたことがある人も多いでしょう。クーゲルシュライバーとはボールペンのことです。これを「イカつい」と感じる反応は決して日本人だからというわけではありません。他の諸語を母語とする欧米圏の人もこうしたドイツ語のイカつさというものをネタにすることは少なくないようです。

さてルーマンは20代から70代まで半世紀程度にわたり、自分が学び発想したアイデアを、A6サイズのカードに書き付けて蓄積していました。そして、集積したカードのアイデアを眺めては、相互に繋がりを見出して組み合わせ、何十冊も著作を書き上げました。

その手法をルーマン自身が語っているわけなのですが、死後さらに現物の一部が公開されて、ルーマンによる執筆過程の裏側が明らかになっていっているようです。また、この手法を実現するデジタルツールの開発とユーザーコミュニティの形成が進んで、手法としてのツェッテルカステンが、この10年足らずの間に急速に注目されています。

ツェッテルカステンの手法の細部や全体像はアーレンスの著作を見ていただくとして、学習法としてのルーマンのツェッテルカステンの特徴を少しだけ紹介しましょう。

a. 自分の言葉でアイデアを書く

ルーマンは本を読んで気になったことがあると、それをひとつの「アイデア」として切り出すかのようにカードにまとめました。このとき、彼は原文を「書き写す」かわりに、内容を咀嚼して「自らの言葉でパラフレーズ」していった。

b. 既存のカード群に関連するアイデアがないか常に探す

またこの内容は、すでに蓄積してあった過去のカード群のうち、関連するアイデアとの相互参照がないかを常に探していました。そして相互参照を見つけたら、それをリンクしていきました。

c. キーワードに対して索引を作る

さらにリンクに加えて、本で言えば索引にあたるようなカードを作っておいてキーワードを付して検索できるようにしました。

このようなアイデア群の組み合わせのなかから、新しいアイデアが更に生まれ、ルーマンの生涯の高い生産性(生涯に約六十冊の本を出版)の礎になったのだ、というのがアーレンスの主張でした。

実はカードボックスを知的生産に用いることはルーマンが始めたわけではないようです。16世紀にはすでにインデックスカードを用いた手法があったことがZettelkasten - Wikipedia(英語版)に書いてあります。

ルーマンの独創はおそらくこのカードを使いつつ、相互にアイデアを結びつけていったことにあるのだと思われます。全てのカード個票に個別のIDをつけて、そのIDを別のカードで記すことでリンクを実現しています。

このやり方自体も実はそれほどとっぴなものではありません。聖書に現在に至る章と節をつけて標準化したのは16世紀の印刷業者ロベール・エティエンヌで、これは聖書注釈を容易にしました。現在の「スタディ・バイブル」を見ても、豊富に注釈と、章節間の相互参照(クロス・リファレンス)をつける上で章・節・句はベースになっています。

そうした16世紀以来のカードボックスと、思考にIDを付して相互に参照し合うという知的伝統をルーマンはフル活用して、知的生産をしたわけですね。

そういうツェッテルカステンを私も最近試しています。特にこの半月ほどはObsidianというツールを利用し始めていい感触を得ています。実際この原稿も、ツェッテルカステンx独学大全、という「リンク」から発想したものでした。ですが、まだもう少しアウトプットとしていくつか出せてみないとObsidianについても自分のツェッテルカステンのやりかたについても書くのが気が引けるので、日を改めてお伝えできればと思います。

読書猿『独学大全』とは

話題になっているし、書店でも目立っているので、説明するまでもないかもしれませんが、読書猿『独学大全』のこともおさらいしましょう。これは、「独学」として教育課程になくても学習を進めるための技法を、古今東西に求めてまとめた本です。

技法は全部で55個あります。独学のモチベーションを確立して維持するところから、何を学習するか、どう学習するか、学習したことをどう覚えるか、壁に当たった時にどうするかという、独学者が経験する「酸い」も「甘い」もあらゆる側面が書いてあるかのように思えてきます。

トピック的に網羅しているのみならず、それぞれの技法の歴史上の源流もあります。有効性に関する心理学的検証もあります。言い逃れる逃げ場はありません。もし独学をしようとするなら、きっとこの道を通ることになるのです。

逆に考えてみましょう。何か学ぶという活動が起きているとすればこの『独学大全』という中のどこを通るのでしょうか?  そうした好奇心がこの記事のモチベーションになっています。

以下では、ツェッテルカステンという手法について、『独学大全』の、どの技法がツェッテルカステンにあたるかを考察していきます。

いちばんツェッテルカステンっぽい技法

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