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世界は思っているほど自分の味方にはならないし、敵にもならない。

新海誠の作品だと、圧倒的に「君の名は」とか「天気の子」とかが有名なわけだけど、実は私は「秒速5センチメートル」が1番好きで、DVDも持っている。「桜の花びらが落ちる速度は秒速5センチメートルなんだよ」っていうヒロインのセリフから、この題名になったらしい。

この話を端的に説明すると、子供の頃の初恋の相手が遠くに引っ越してしまうというドラマチックな初恋の終わりを迎えたせいで、大人になってもずっと引きずってしまうという話。
女の子は早めに吹っ切れているけど、男の子は引きずるというありきたりな展開で、よく言われている、女の恋は上書き保存と男の恋は別保存的な雰囲気を感じられる。

たしかに、子供の頃の失恋をずっと引きずっているのはやばい。しかもそのせいで、今の恋人と破局してしまうなんて問題ありすぎ。一刻も早く何とかすべき案件すぎる。

でもそもそも、それはもう恋ではないんじゃないか。

人は手に入らなかったものが1番好きで、魅力的に感じる。
もしもあの時こうしていたら…こうしてもらっていたら…って考えている時は気持ちいい。今の不遇の原因は、自分ではどうすることもできなかった過去の障害によるものである、と思うことも。

そういう自己憐憫に浸れるところも含めて、人間は手に入らなかったものが好きなんだろう。

どん底はどこにでも転がっていて、意外とありふれたものだ

言の葉の庭という作品も結構好きで、DVDももちろん持っている。
イラストのタッチはもうかなり今の新海誠作品に近いので、映像はめちゃくちゃ美しいが、ストーリーはかなりヤバい。

高校教師(女)が高校生(男)を好きになる、という犯罪スレスレのストーリー。ってだけ書くとなんだか変なラノベ小説みたいだが、いわゆるラブコメ感はない。

高校教師はひょんなことから生徒にいじめられ、学校に行けなくなった。ただの高校生が学校に行けないならまだ分かるが、大人であり教師である自分が行けなくなった。そのことに追い詰められていく彼女を見ながらそういうことってあるよね、と思ってしまう。

メンタルの問題かもしれないし、そもそもの素質の問題かもしれない。ただ、周りが当たり前にできていることができなくなることは、実際にある。これだけは確かだ。

彼女は学校には行こうとするが、どうしても電車に乗れなくて、今日もまた新宿御苑でビールを飲む。その繰り返しで病んでいく様がやたらリアルで苦しくなる。

これを見ると必ず、大学に行けなかった時期のことを思い出す。
最寄り駅まで行ったのに、電車も降りたのに、改札を出れなくて、もう一度同じ方面の電車に終点まで乗って、そのまま帰ったことを思い出す。
友達に「具合が悪くなって行けなくなった」とLINEしたことも。「また?」って言われたことも。みんな当たり前に学校に行っているのに、1人だけ行けない自分に心底絶望していた。

今、私には一緒に住んでいる人がいる。
陽キャの世界で生きてきたと思われる彼は、なんだかなんでも上手くそつなくこなしてきたと勝手に思っていた。
そんな彼も、転職する前に住んでいた寮の二階の窓から飛び降りればもう会社に行かないで済む……なんてことも考えていたってことを聞いた。毎朝最低2本はタバコを吸わないと会社に行けなかったことも。

意外とどん底はありふれていて、誰しもどん底を抱えている。そう思えたら、自分のどん底と少し距離を置いてみることもできるようになる気がする。

「僕たちはきっと、大丈夫だ!」

新海誠3部作(?)のうちの2作目、天気の子のラストシーンのセリフ。
修学旅行帰りのバスで必ず子どもたちが見たがる映画なので、かれこれ5回以上は見ている。

主人公は雨が止むことと引替えに人柱になりかけていたヒロインをこの世界に引き戻し、代わりに雨は降り続け、東京が水に沈んでいく。そんなラストを迎えるこの映画。
そこで主人公はヒロインに「僕たちはきっと、大丈夫だ!」と言う。

水に沈んだ東京を前にして、いったい何が大丈夫なんやとずっと思っていたが、最近気づいた。

彼らはたしかに世界を変えた。彼らのせいで東京は水に沈んでいくのだし、被害はとてつもなく甚大だ。

ヒロインが人柱になったとして雨が止んだなら、大多数の人は「まあ、1人の命で異常気象が終わるならば、多少の犠牲もしょうがないかな」と思うだろう。
だって、雨が止まなかったら家も街も何もかもなくなるのだから。そして、ヒロインがいなくても困らない人が大多数なのだから。

でも、だいたいそういうことばかりなのだ。
降り続ける雨が止むなら、自分の生活が守られるためなら、見ず知らずの1人の少女の命が引替えになってもしょうがない。

世界は自分が思うほど自分の味方にはなってくれないし、敵にもならない。

だから、私たちはきっと、大丈夫なんだ、と思う。

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