見出し画像

東北で紡がれる映画づくりを通じた地域文化の創造②~アートプロジェクトがつくる三陸の新しい風景

2022年から経済産業省は、福島県12市町村で、芸術文化を通じた地域づくりに取組んでいます。今年、2023年から、実際に地域での展開を「ハマカル」という名称を掲げ、国内外の芸術家と地域が共創できる取り組みをはじめています。
「ハマカル」に続く原点のひとつに、福島県を含めた東北に根差した、映画をめぐる文化づくりの基盤があります。
ここでは、東北の映画をつくる人、上映する人、観る人のコミュニティと「ハマカル」がつながるように~2023年10月、東北発の世界を代表する映画祭である、「山形国際ドキュメンタリー映画祭2023」のプログラムとして開催された、「トークセッション:つながる東北」の模様をお届けします。

映画が中心と思いきや
新しい価値を生み出してしまうアートプロジェクトの話に

引き続きの話し手ですが、青森を拠点に活躍、『奈良美智+graf「A to Z」』で現在に続く地域アートのプロジェクトの先駆けをつくり、ハマカルアートプロジェクトのディレクターである立木祥一郎(合同会社tecoLLC. 代表)、文化による震災復興で多数のプロジェクトを手掛け続けている相澤久美さん(NPO法人みちのくトレイルクラブ 常務理事兼事務局長)、三陸での映画上映の灯を燈し続けている櫛桁一則さん(みやこ映画生活協同組合 常務理事、一般社団法人コミュニティシネマセンター 理事)、そして、司会を仙台におけるカルチャーの継承に携わり続けている小川直人(せんだいメディアテーク 学芸員)さんが務めました。

第1部から続く

笑うこと感じることつながること
映画や体験の場をつくることで生まれた
三陸の創造的復興と地域との共創、文化観光

小川 これまでの活動のなかで印象深いエピソードはありますか?

櫛桁 東日本大震災から間もないころ、「男はつらいよ」の上映会をしたんですよ。すると上映後、おじいさんが「寅さんはやっぱりいい。震災後に笑ったのは初めて」と感想を言ってくれました。

相澤 トレイルの目的は観光以外にもあって、震災の記憶を語り継ぐことです。歩いていると、本当にいろんな人と知り合う。なかには、個人的なことを教えくださる方もいる。最近では、地域の中では震災の話がしづらくなっています。そこに旅人が現れると、旅人は風の人だから、気軽に話せるんです。そして、その話を聞かされたハイカー(旅人)は、震災を初めて我が事として捉えられたと語る人が多いんですよ。

立木 トレイルは深いですね。車で町を走っていても気づくことはいろいろとあります。でも、車の中では風も感じないし、においも音もわからない。その点、歩くと五感で、高い解像度で空間を認識できる。
アーティスト・イン・レジデンスも似たようなところがあって、その場で何かをリサーチしたり表現したりする。すると、観光で触れる風景とは違う吸収をするわけです。

相澤 ハイカーは1日に例えば20キロとかてくてく歩くわけですが、朝、地域の人が国道でハイカーを見かけ、夕方にも同じ国道で会ったりします。そんなときに地域の人が声をかけ、水や食べ物の差し入れをしてくれたり、泊めてくれたりすることもある。それに、岩手の漉磯(すくいそ)海岸では、使われなくなったしいたけ小屋を地域の人が改装して泊まれる施設にした例もあるほど。旅人と地域の人が交わって、コミュニティーが生まれるんです。日本には、お遍路のようなおもてなしの文化がありますからね。
ですから、ハマカルのアーティスト・イン・レジデンスで福島に来た方も、ぜひ解像度の高い旅をしてもらって、それが制作につながるといいですね。

途中雨になりましたが、壇上のパワフルな語りに、来場者も傘を挿したまま聴き傾けてくれました。左から、小川さん(せんだいメディアテーク)、櫛桁さん(みやこ映画生活協同組合)、相澤さん(みちのくトレイルクラブ)、立木(ハマカルアートプロジェクト)

小川 歩く速度がもたらすものって、なんなんでしょうね?

相澤 人間の体には限界があります。見るにしても嗅ぐにしても触るにしても。新幹線や飛行機など、移動手段の乗り物が高速化していくなかで、そうした感覚が失われていきます。新幹線に乗っていると、いろんなものが抜け落ちていく感覚が私にはあって。
長距離自然歩道といういまの現環境省が1969年から行っている施策があって、いまから50年以上も前に「人間性の回復」を唱えています。ですから、トレイルは、一歩一歩と歩くことで、ふだんの車で移動する際に何を見逃しているかを体感できます。

立木 車や電車だと数時間で済むコースを、何日もかけて歩くわけですからね。
僕は、コンビニではだいたい平均して3分くらいで買い物をします。コンビニまで行くにも、もやはり3分くらい。一方で、1本の映画を見るには2時間かかる。映画館へは、往復で2時間でしょうか。映画祭は1日に3本見るとしたら、6、7時間かかるから、泊まりがけでも見に来る人がいる。この法則は要するに、地方で何かをする場合、どうすれば遠くから時間をかけて人が来てくれるのかを考える戦略になりうる。地域の人のために映画を上映するなら1本だけでいい。でも、遠くから人を呼ぶには、最低でも3本立てにしないと。

小川 歩くことの速度の問題もあるけど、時間をいかに豊かに使うかということもありますね。

相澤 「みちのく潮風トレイル」は海外からのハイカーたちも多くて、東京、京都といったゴールデンコース以外の日本に出合えると好評です。岩手の宮古にも深い森が残っていますよね。櫛桁さん、潮吹穴(しおふきあな)のあたりには行ったことあります?

櫛桁 ありますあります。若いころはよく歩きましたよ。

相澤 いまも歩いてください!

櫛桁 じゃあ、ウェイトを落としてから……。

相澤 歩いてれば落ちます(笑)。

櫛桁 トレイルは、まさに寅さんですよね。歩いてなかったら人と出会えないし、泊めてもらえることもない。だいたい、寅さんは新幹線に乗りませんからね。

小川 今日のお話を聞いていると、歩くことや映画を上映すること、土地に滞在して作品を制作することでいろんな人と会い、いろんな人と話す。そして、さまざまな出会いがあり、そこから何かが生まれるかもしれないという予感がします。
今日はみなさんありがとうございました。


壇上で話す4人は、映画を制作したり、上映したりする映画人なのですが、それぞれマルチでパワフルな活動を震災以前から、そして以降も続けている面々。映画の話におさまらなくなって、311以降に生まれた、文化プロジェクトがもたらした、世界中から集まる新たな体験型観光や、その背景にアートプロジェクトがあること、それでより一層、地域の人々と来訪者とのつながりが生まれて元気になることが、語られるセッションとなりました。

「アート作品」や「映画」といったコンテンツだけではない、「アートプロジェクト」があるからこそ、地域住民が誇りをもてる地元が生まれ、それを魅力と感じて、これまで来なかった人たちが世界から集まり、賑わいやつながりが生まれる。そんな新しい風景が、今の東北にあるのです。

そんなアートで地元と一緒に場が生まれている東北。
ハマカルは、その可能性を、これら各地の担い手と連携しながら、耕していきます。
(解説:岡田智博 ハマカルアートプロジェクト統括ディレクター)