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狐日和に九尾なぐ 第七話

■スウェットを脱ぎ捨てるのは、わらわだけ。

「え、えーっと……さっき、ぐるなびって言ってたよね? 厚岸で美味しいご飯屋さん知ってるの?」
 不思議な力を使い終わり、キズパワーパッドを無造作に剥がす狐少女にそっと声をかける。驚くことにあれだけ出血が見られた傷はものの見事に治ってしまっていた。

 彼女曰く「囁きに呼応してくれる力」。どんな原理で治療できるのかは全くもって理解できないが、とにかくそんな不思議な力を信じざるをえない瞬間だった。厚岸は私にこれ以上カルチャーショックを与え続けないでほしい。できれば小出しにしてくれるとありがたい。

「ぐる……なび?」
 心の動揺をなんとか鎮めながら少女に訊く私と、首をひょんと傾げる少女。狐耳も後から追っかけるように揺れるのがまたかわいいくはあるが。

「そう、ぐるなび。えっ、ぐるなびで合ってるよね?」
 飲食店の情報を集めた某ウェブサイトの名前を訊き返すと、女の子は「な、な、な、な……!」と見る見るうちに顔を赤くした。

「貴様、その““名前““をどこで耳にした!? くそぅ、惚けおって、やはりあの血筋のものでは……」
「いや、だってさっき寝言で言ってたもん」
「ねっ、寝言とな!?」
 なんかこの女の子、扱いが難しいなあ。やり取りが若干面倒くさくなってきたきらいがあるけれど、この風貌やさっきの謎のパワーを見るに私の手には負えそうにないから、元気になったらどこかへ帰ってもらうか。

「ぴゅことか、ぐるなびとか言ってたよ。あと血筋やらなんやら言われても全然わかんないよ。私、東京からつい最近引っ越してきたばっかりだし」
「そ、そうか。それならいいのじゃが……いや、寝言を聞かれたのは良くはないが……」

「ちなみに私の““名前““は、秋辺葵。ほら、あなたの言ってた血筋とやらには引っかからないでしょ」
「ん……あきべ……? 秋辺とやら、どこかで聞いた憶えが……うぬぬ、思い出せぬ」
 むしゃくしゃすると狐耳を両手で掴んで、外へ拡げるように引っ張るらしい。痛くないのだろうか。

「それで、あなたの““名前““は?」
 引っ張っていた狐耳がぴょこんと揺れる。
「……ふっ。わらわの名は本来ありようがない。じゃが――そう」 
 ずり下げたスウェットを全て脱ぎ捨て半裸になった少女が、己の九本のしっぽを撫でて、こう言い放った。

「かつて同じようにヒトガタにされたとき、人間どもにはこう呼ばれておったわ。
 ““九尾なぐ““――と」

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