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狐日和に九尾なぐ 第六話

■その能力を使えるのは、わらわだけ。

 狐少女を寝かせつけてしばらく経とうとしていた。スウェット姿だけでは寒いだろうから上から毛布をかけたのだが、寝返りを打つたびに足蹴にしていくのが愛らしかった。

 私はというと自室に一旦戻り、「体調が悪いので午後休をいただきます」とメッセージをグループチャットに投げてから、彼女のためのうどんスープを溶かしたり、風呂場の掃除を済ませたりした。
 おおかたの作業が一段落したので、女の子のそばに向かい、椅子から眺め下ろすように寝顔を見守っていた。寝相はやや悪いものの、さっきと比べると穏やかに眠っているようで安心していると、少女はもぞもぞと身体を縮こませ始めた。毛布が足りなかったかなと杞憂していると、

「ぷゅ……ふぇ、ふぇ……ふぉっくし!」とミニサイズの身体を大きく震わせるくしゃみをした。
 その細いボディーからは予想もつかない力強いくしゃみだったので、こちらもびくっと反応してしまうぐらいには驚いてしまったのだが、それは彼女も同様だったらしい。

 右手で狐耳を掻き、左手でしっぽで膨らんだスウェットをぽんぽんと叩いてから、「何じゃこれは!」と少女は叫んだ。同じセリフをこっちも返してあげたい。

「なぜわらわはまたこのような姿に――?」
 呼吸を早めながら慌てている狐少女の視線がさまよい、やがてこちらへと注がれると「誰じゃお主は!」と叫ばれた。同じセリフをこっちも返してあげたい。

「もしかして、その血筋の者か? 目的を言え! わらわは既にもうその役目を果たしているぞ! あんな思いはもう二度としたくないというのに――!」
 矢継ぎ早に自身の主張をまくし立て、目尻から涙を流す少女を下手に刺激しても事態が悪化するだけだろう。私はできる限り優しい口調で、あるいは親戚の子どもを諭すように言葉を紡いだ。

「ごめんね。事情はよくわからないんだ。でも、あなたが家の前で倒れてたから見るに耐えなくてここまで連れてきちゃった。着ていた服は雨で濡れてたから今乾かしてるの。勝手に脱がせちゃったけど、風邪を引いたら大変だと思ったから……」
「う……お主、もしやわらわを助けて……くれたのか?」
 少女の表情はころころと変わる。怒りから疑心暗鬼へ、そして今度は心細そうに眉を落とす。

「助けたというと、どうなんだろう。ああそうだ、太ももの傷は大丈夫? 病院に行かなくても平気そう?」
 怪我の具合を尋ねると、少女はスウェットをにわかにずり下げた。私の貼ったキズパワーパッドを指ですーっと撫ぜ、顔をしかめると、今度は傷口の上に手をかざした。

「さて、時を経てもこの力はわらわをまた導いてくれるかの」
 ありえない光景が広がっていた。彼女のかざした手の平がオレンジ色に輝き、手の甲まで透けて見えるではないか。それと同じくして、狐然とした耳と九尾も揺れていて、傍目からでも特別な能力を使っていることは瞭然だった。

「月日の流れは残酷じゃのう。これっぽっちの治癒だというのに、囁きに呼応してくれる力が少なすぎじゃろうて」
 自嘲気味に笑うと、その橙の光は次第に弱まり、彼女は一息をついた。そして、そのお腹からはぐーっと空腹を告げるサインが確かに鳴ったのであった。

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