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狐日和に九尾なぐ 第九話

牡蠣で食中毒じゃないのは、わらわだけ。

「なぐちゃん、なぐちゃん――!?」
 何が起きたというのだろう。何の変哲もない厚岸名物を口にした瞬間、床に倒れた挙げ句、のたうち回ってしまっているのではないか。

 もしかして食中毒?
 牡蠣の食中毒で真っ先に考えられるのは、ノロウイルスだ。
 これはウイルスに感染した二枚貝を生食したり、加熱しても不十分である場合に発生する食中毒で、吐き気や嘔吐といった症状から始まり、その後に腹痛や下痢、発熱を呈すると言われている。
 ただし、ノロウイルスは1~2日間の潜伏期間を経て発症するため、今回の場合はそれには当てはまらないと見てよさそうだ。

「うぐううぅぅぅぅ……!!」
 だとしたら、彼女を苦しませているものは一体何なのか。真相を確かめるべく、彼女に突撃した。

「なぐちゃん、大丈夫? 苦しかったら私がいつでも相談のるよ?」
「……こ、こっちは本当に苦しんでおるというのに……! ふざけた質問はやめるのじゃ……!」
 キレられてしまった。ついさっきそのネタふってきたのそっちなのに。もうすこし本気で心配してるポーズをとってみよう。

「吐く? それとも飲む?」
 左手にはボウル、右手にはコップ一杯の水を掲げて行動の選択肢を与えると、「み……みず……」と指さしたので、なぐちゃんにそっと差し出した。
「んぐ……んぐ……ぷゅ……! ……っこ、はぁはぁ死ぬかと思った」
 そんな大袈裟な。とはいえ、あの騒ぎようは演技でもなさそうだし、よほどのことがあったに違いない。

「牡蠣のしぐれ煮、なんかおかしかった?」
「柿のしぐれ煮があんな味になるとは、どうかしておる!」
「柿じゃなくて牡蠣ね。殻で肌を引っ掻いたら痛いほうの。ほら、厚岸といえば牡蠣でしょ?」

 すると、雪のように透き通っていた頬が見る見るうちに紅潮し、
「このたわけが! わらわは魚介類が苦手なのじゃ!!」と叫ばれてしまった。
 知らんがな、そんな事情。嫌いなら食べる前に気づけよ。

 そこからはなんというか、すごかった。
 全魚介類は滅びてもいいだとか、匂いですら無理だから鰻屋の前は意識的に通らないことにしているだとか、ただ唯一鮭とばだけは食べられるだとか(なんでだよ)をまくし立てられ、挙げ句には牡蠣のしぐれ煮の瓶を庭に捨てようとしていたので軽く殴ったらようやく収まった。暴力は手っ取り早いから良いものだ。

 一軒家のなかに生まれた小さな嵐が落ち着いて胸を落ち着かせられた反面、なぜ牡蠣を食べさせただけでこうも疲労感に襲われてしまうのか悶々とする羽目にあったわけで、とにかく九尾なぐがすべて悪い。
 頃合いだし、そろそろ家から出て行ってもらおうかなと思案していると、殴られた腹を抑えつつ、眉間に皺を寄せるなぐちゃんがとある提案を寄越してきたのだから、さあ大変。

「お主、わらわと共にこの世を救ってはみないか?」

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