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最悪のケースを想定する練習

 働き始めた頃になんとなく加入した生命保険の更新時期がきて、保険内容の見直しをしている。5年前に更新した内容が今となってはえらくバブリーでびっくりしたのだ。若いうちはそんな内容でもお安いから、よく考えていなかったともいえる。
 保険会社の営業はもちろん契約を更新するよう推してくる。契約内容の見直しはするにしても解約されるのは避けたいから、今の状況に合わせお薦めの内容を提案するので時間が欲しいと。その押しの強さを私にも分けてくださいよ。
 一般的な生命保険は更新の度に料金が上がる。病気や死亡の可能性が上がるのだからしょうがない。私はひとりだし誰も扶養していないし、今後こどもを持つことも考えられない。その前提で何が起きたらどれだけのお金が欲しいのかを考えることになる。

 暗い。とにかく暗くなって困った。
 今の生活にどれだけお金がかかっているのか、3ヶ月働けなかったらどれだけのお金が必要なのか、高額医療補助が必要になるような期間が半年続いたらどうなるのか、結果として今の仕事を失ったら。そういうことばかりを数日間考え続けることになった。自分ひとりのことでもこれだけ胃が痛くなる思いなのに、近しい誰かを養う人たちはどれだけ強靭な胃が必要なのか。
 とはいえ私の希望は固まったので、それをもって一度営業と話さなくてはいけない。話し合いにならない気がしないのが困りものだけれど。

 最悪のケースを考える練習としてはいい経験だったと思えばいいのかもしれない。ただ、先方の何気ない言葉が小骨のようにひっかかっているのだと、数日経ってから気がついた。

 大きな病気や怪我で働けなくなった時にお金が必要でしょうという話に続けて、周りの人に迷惑をかけたくないでしょうといったから。私の大切な人たちが、私に迷惑し負担を背負わされている姿を想像すれば、それを避けるためにお金を払う気にもなるでしょうという話をしたから。

 紋切り型の説得文句なのだろうが、あまりに無礼で下品だと思った。あなたの不運は大きな迷惑となって周囲の人を襲うのだといわれ、財布を開く人はそんなにいるのだろうか。確かに私には思いつかなかった最悪のケースのだけれど、それを教えてくれた相手に怒りしかわかなかった。
 最悪のケースを考える能力はむこうの方が何枚も上手だ。それが仕事なのだから。私は確かにダメージを受けたけど、それにしてはそこで売ろうとしているものが雑なのも腹が立つ。私について勝手に想像してあれこれいうのは無視できる。でも、私の大切な人たちまで妄想して「あなたがお金を払わなかったせいで不幸になった彼ら」なんていいだしたら、いくら想定できる最悪のケースでも我慢できない。
 だから私はまだ怒ってる。

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