春の綿毛と恋心

 ふぅっと息を吹きかけると綿毛は風に吹かれて空に舞う。そして景色に溶け込み見知らぬ地に降りる。
まるで春のパラシュートだね。

そのような想いを綿毛に対して抱いたのは
河原でタンポポの綿毛の茎を摘み取って、優しく息を吹きかけてふわりと飛ぶ綿毛の様子を楽しむ君を見ていたから。
あの想いをもう一度味わいたいと思った。
だから僕は河原で綿毛を見つけてはふぅっと息を吹きかけて春のパラシュートたちの旅立ちの様子を見届けて楽しんでいた。またあの娘に会えないのかなと想いを馳せて…

「ねぇ、君も綿毛を飛ばすのが好きなの?」
後ろから声をかけられて僕は振り向いた。
あ…あの時のあの娘。
ようやく会えた。と嬉しく思う反面声を出そうにも緊張して出そうになかった。
だけど僕は強い風に乗る春のパラシュートの、まだ見知らぬ地への開拓と繁栄を願う綿毛の様に勇気を振り絞り言葉を発する。
「好きだよ。うまく説明できないけど、綿毛に息を吹きかけた時、少しずつばらけていく様子が好きなんだ。景色に溶け込んで美しいなって思うんだ。」
少し熱を込めすぎたか…と僕は思っていた。けれど彼女は満足そうに
「綺麗だよね」
とふわりと笑う
そして君は隣に咲いていたタンポポを摘みふぅっと息を吹いた。
うん…綺麗だ。

「あ、私は城戸英恵。よろしくね。」
と何か忘れてたものを思い出したかのように自己紹介をしてスッと手を差し出した。
「僕は松川ゆきは。男の子の名前にしては珍しいでしょ?よろしく 」
照れるけど僕も手を出して優しく握手した。
彼女の手の感覚は少し暖かく柔らかくふわりとしていた。だからか綿毛の白…直感的に彼女のカラーを思い浮かべていた。
「ゆきはって名前…わたし好きだなぁ。ひびきが凄く綺麗」
【好き】という響きによる恥ずかしさと嬉しさで耳まで真っ赤になった。     「そう…城戸さんのはなえって名前も素敵よ。なにか花が咲き誇っている感じがして綺麗」思春期男子には少しキツかったが、恥ずかしがりながらも伝えてみた。
「ありがとう。」           と言って笑う彼女に再び照れてしまいそっぽを向いてしまった。

すると彼女はいたずら猫の様な表情で
ふぅっーと僕の穴に耳に息を吹きかける
「ヒャッ‼︎ちょっ、耳に息ふきかけないで。くすぐったい」
「あはははは…ゆき君 反応カワイイ」
彼女は僕に最高な笑顔を見せてくれた。
チクショー。こうなったら仕返しだ
と城戸さんの耳もとに息を吹くと
「ひゃううん」と喘ぎ全身を固くした。
「な〜んだ、城戸さんも、耳弱いんだ」
と予想外の反応に思わずにやけてしまった。
「だ…だからやめてね。」       何かぞくっとするものを感じた。しかも泣き目になっていて…やっぱり彼女は可愛かった。

ふぅっ〜
もう一度綿毛に息を吹きかけた
「いっぺんに綺麗に飛ばすの難しいな〜」
「コツがいるのよ。」
「コツか〜…難しそうね。」
「一つ目は綿が濡れてないこと。
二つ目は種が熟れてること。
そして最後にゆっくり強めに息を吹く。
そうすると綺麗に飛ぶよ。」
と説明した後にふぅ〜と吹くと綺麗に綿毛が飛んでった
「ほらね。次やってみて。」
あたりを見て良さそうなタンポポを探した。
「えっと…じゃあコイツで!」
と城戸さんが挙げた三つの条件にピッタリなタンポポを見つけた。
ふぅ〜〜
するとするりと綺麗に綿毛が飛んでった。
「あ、すごい!できた。」
「凄いじゃん!ゆき君センスいいね」
「なに城戸さんのコツが良かったんだって。」
「へへ〜ん。」と得意気になる彼女にそっと笑顔を添えた。
優しい瞳に見つめられて
「すごく照れる」
と彼女は頬を染め、僕に寄りかかってきた
チラッとみた彼女の頬は夕焼けに負けないくらい染まっていた。
僕も同じように染まってしまった。   あぁ、これが恋なんだ。

 綿毛ってね、ふわりって遠くに飛んで見知らぬ地に着くんだ。どこに着いてもしっかりと花を咲かせて今度は綿毛を飛ばす準備をするんだ。なんだか私みたいね。
とすごく寂しそうな目だった。
仲良くなってから二ヶ月ほど…ぽつりと僕の前で呟いていたんだ。
綿毛をほとんど見ることがなくなって、最近は綿毛のことで話す頻度が減ってきたからだろうか、何かとても大切なものをなくしてしまいそうな気がした。
それから夏休みが来て、彼女の口から転校すると聞かされた。
僕は頭の中が真っ白になった。でも何か安心できる気がした。理由はわからないけれど、ぽつりと呟いたあの一言のように引っ越した場所に留まるのだろうと感じたから。
いつか君の元へ行くよ…
とひっそりと呟いた。

2年後…
彼女が引っ越したと言っていたあの街へ僕も引っ越した。また会える。そう確信していた。
彼女が別れ際に呟いた言葉を思い出す。
【 綿毛ってね、ふわりって遠くに飛んで見知らぬ地に着くんだ。どこに着いてもしっかりと花を咲かせて今度は綿毛を飛ばす準備をするんだ。…なんだか私みたいね。】
だから君は引っ越して行ったあの地に根付くつもりなのだろう。

賃貸を借りて荷物の整理と片付けを済ませてから見知らぬ土地にに慣れる為に散歩に出かけた。五分ほど歩いた所に桜の花が咲き誇る川の土手がある。辺りはつくしやシロツメクサ…そしてライオンのようなタンポポと白くてふわふわなポメラニアンのような綿毛が咲き乱れていた。
風に吹かれて揺れる綿毛に見惚れて川の土手へと降りた。土手に降りてから種の熟れた綿毛の茎を1つ摘み取る。そして あの時彼女から教えられたコツを思い出してふぅ…と息を春のパラシュートたちに息を吹きかける。
あの時と同じ様に綺麗に綿毛が飛び立った。そしてもう一度綿毛を摘んで飛ばそうとした。すると懐かしい声色が僕の耳を撫ぜる。

「やっと飛んできてくれた。」

根付いた綿毛は芽生え始める