8月1日の日記

「ひさしぶり」と声をかけられたときに、遺書を書き直さなくてはならないなとぼんやり考えていた。


今日は大学のときの友だちに会った。2週間近く前からの約束だった。そっちに遊びに行くんだけど、空いてる日ある?ついたちがいいねと、それで決まった。

「大学は勉強するところだから」と友だちの必要性を感じていなかったわたしを遊びに誘ってくれ、数ヶ月に飲みに行っていた大切な友人だ。

今では住むところが離れてしまったが、こちらに来るときに遊ぶ相手としてわたしを数えてくれることがうれしかった。彼女はみんなから好かれるため、会う相手なんてたくさんいるだろうに。

今から十日前頃に、頭痛から逃れるために死のうと思った。頭痛と吐き気と目眩から逃げきりたかった。なんとなく部屋を片付けて、職場から私物を持ち帰り、なんとなく目についたところの掃除をした。遺書を書いた。両親と仲の良い友人に宛てた。先約の友だちには、約束していたのに会えなくてごめんと書いた。本当にごめんねと思った。遊ぶ予定だったのに連絡が突然つかなくなるのは困るだろうなと思ったから。でもまあすぐ違う人と遊べるかなと分かったからそこまで気にしなかった。もう一度、さらりと謝罪を書き添えた。

十日経っても、わたしは生きていた。いろいろあったし、花火を見てしまったから。
7/30の花火が美しくて、明日もがんばるかと生きてしまった。
でも、7/31の労働はこたえた。休日に挟まれていなかったらもうその日の休憩中に飛んでいた。そして8/1がきた。

予定通りの時間に待ち合わせできた。会えてしまったから遺書の謝罪は蛇足になった。あの箇所だけ、この子のページだけ書き直さなくちゃいけないなと、頭の片隅が推敲しながら彼女へ挨拶した。会えて良かったなと思った。それは間違いなかった。

たのしい時間で、やはりやさしい子だった。

自分の不調や、どこか遠くに行きたいと考えていることを伝えたかった。それが言えたら、どんなに楽だろう。きっと憐れんでくれる。一緒に解決策を考えてくれる。


でも言えなかった。彼女とは幸せな話しかしたことがなかった。おいしいごはん、結婚を控えた彼氏、おもしろかった漫画、最近買ってよかったもの、……。なにかの愚痴や悪口が出たことはなかった。わたしはそういうのが嫌いなタイプという訳ではなく、他の知人と薄暗い話をすることもあったけど、彼女はなんだかそういう話題を出すことが躊躇われるほどの善人さで、いつも明るい内容ばかり話していた。
そんな子に、改めて苦しい話をすることはできなかった。

死のうと思ってて、あなたへの遺書も書いてたのよ。

でも、今日会えると思ってなかった状態で書いてたからさ、書き直さなきゃいけないね。

明るく話したとしても、酷く心配させることは容易に想像ついた。笑った顔を見続けたくて、その言葉は固く心に仕舞った。憐れんでほしいと思いつつ、微塵も暗くさせたくなかった。
自分の矛盾はおかしく、その弱さが嫌いだとも、愛しいとも感じられた。


調理器具を売っているお店で、それぞれ心に刺さる器を見つけた。わたしは小皿を買った。数年前にここで手に取ったものと同じデザインで、色違いだった。まさかあると思わなかったから、すぐに購入を決めた。お気に入りの小皿に仲間ができた。

彼女はポットをしばらく見つめていた。ぐるぐる、その商品のある棚を巡っては、かわいい……と呟いていた。

買っちゃえ、と投げかけたら、既にかなりそちらに気持ちが傾いていたようで、うーん……ね、とスマホを取り出し同居人に相談を始めた。
「買ってもいいけど、使わないなら置く場所ないよ!」
ですよねぇと笑いながら会話を見せてくる。
たくさん使っちゃえばいいんだよ!茶葉買ってこう!

ポットを買い、茶葉を探しに店を出た。
ふだんお茶を飲む習慣がないため見落としていたが、お茶屋さんは意外とあって、ふたりでグルグルと指さし、見、たしかめた。

その内の一店では、小さな缶に茶葉を入れていて、テスターのように香りを確認することができた。
アールグレイが、「ベルガモットで香りをつけた紅茶」なことを初めて知った。茶葉ひとつひとつ匂いが違うからたのしかった。
お茶が趣味って格好良いよね、上品でお洒落!と、純粋な幼稚さから出てくる憧れのままに茶葉を試して買ってみた。

わたしはポットもないのに茶葉を買ってしまった。
ばかだなあと思ったけど、こういう向こう見ずな第一歩できるの、とっても好きだよと思った。

おうちには、マスカット烏龍茶と緑茶がある。
死ぬなら全部飲みきってからだなあと思った。とりあえず、茶こしを買わなくてはならない。

お茶の写真でも撮ろうかと思ったけど、力尽きてしまった。あげることが大事。

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