安川祭り

【第一章 変な祭】

田中さんもおるし、中田さんもおる!

ジャパン!!

山中さんもおるし、中山さんもおる〜

ジャパン!
中野さんもおるし、野中さんもおる〜 

ジャパン!
山村さんもおるし、村山さんもおる〜 

ジャパン!

だけど〜?

(ここで太鼓をめっちゃ叩く)

注)かっこ、ここで太鼓をめっちゃた叩くかっことじる、と読む

柱谷(はしらたに)さんはいるけど〜〜、、、

(真っ裸で、首輪をつけた柱谷さんにスポットライトが当たる。柱谷さんは、四つんばいで、ワオーンと月に向かって鳴く)

(村の子どもたちがここで、出てきて、村長の柱谷さんの周りを囲む)

(子どもたちが声を揃えて)たにはしらさんは〜

(ここで、柱谷村長が子どもたちに下記のセリフを泣きながら言う)

「お願いします!お願いします!許してください!許してください!“たにはしら”もいるかもしれません!探します!探します!時間をください!時間をください!!」

(良きところで)
子どもたち全員で「たにはしらなんて苗字は〜ない!!」

(ここで、柱谷村長に子どもたちがおしっこをかける)

バタン!!!!!

とうとう、こらえきれずに、村上タツキは台本を置いて叫んだ。

「一体、なんなんですか!この祭りは!?」

「“なんなんですか?”とは、どういうことですか?村上さん」

祭りの実行委員長の木本(きもと)コウイチは落ち着き払ってメガネのレンズを拭いている。

「いや、なんなんですか、この奇妙な祭りは!?」

「安川村(やすかわむら)で、代々伝わる祭りですよ。
最近引っ越してきた村上さんも、是非参加していただきたい。村のみんなも都会から来た村上さんの存在を非常に気にしておりますからね。祭りにたいしてネガティブなことを、この村では言わないほうがいい。

奇妙な祭り??

さっきの発言は聞かなかったことにしよう」

村上は、少し怖くなってきた。

「あ、あの、いや、じょ、冗談かなと思ったんです。こ、この台本、ホントに祭りの内容なんですか?」

「安川祭りの台本だよ。去年のやつだけどね。おととしのやつも見るかい?」

そう言うと、唖然としている村上の返事を待たずに木本は、おととしの台本を持ってきた。

「おととしの台本は、去年とはまた違って、なかなか味のあるものだったね。わたしは、昨年のやつと同じぐらい好きだけど、おととしは好き嫌いが少しあったようだよ。まあ、好き嫌いと言っても、大前提、村のみんなは安川祭りが大好きな中での、好き嫌いだけどね」

ジロリと自分を見ている木本の視線の圧力に負けた形で、仕方なく、村上は台本を開いた。

田中さんもおるし、中田さんもおる!

ジャパン!!

山中さんもおるし、中山さんもおる〜

ジャパン!

中野さんもおるし、野中さんもおる〜 

ジャパン!

山村さんもおるし、村山さんもおる〜 

ジャパン!

だけど〜?

(ここで太鼓をめっちゃ叩く)

注)かっこ、ここで太鼓をめっちゃた叩くかっことじる、と読む

野村(のむら)さんはいるけど〜〜、、、

(真っ裸で、首輪をつけた野村さんが、四つんばいで、ワオーンと月に向かって鳴く。良きところで、ゴスペルシンガー3人が出てくる)

「ノムーラはいるけどホホホホ〜♫」

(ここで村の税収の20%の予算の打ち上げ花火が狂ったように夜空を染めて、子どもたちが出てくる。村長の野村の周りを囲む)

(子どもたちが声を揃えて)「野村さんはいるけど、村野さんは〜?」

(ここで、野村村長が子どもたちに下記のセリフを泣きながら言う)

「お願いします!お願いします!殺してください!殺してください!!」

「ムラノなんて名前は〜〜ない!!」

(ここで、野村村長に子どもたちがおしっこをかける)

「いっしょやないか!!!どう違うんですか!一体!!!!」

村上タツキは、たまりかねて、また叫んだ。

「なんなんですか?この祭り!!!!いや、村野さんはおるでしょう!ほんで!!この祭り、意味不明すぎますよ!!」

祭りの実行委員長の木本は、ふっと一瞬笑ったかと思うと、目の前の机を蹴り上げた。

「大阪には、意味不明な祭りはないとでも言うのか!!!!」

村上は、あまりの剣幕に声も出ず、固まってしまった。

「まあまあまあまあ、木本さん、少し落ち着いてください。わたしのほうから、説明させていただきますよ。村上さんと同じ、私も大阪出身ですし、きっとお話を丁寧にすれば、村上さんも、きっと楽しい祭りなんだと理解してくれると思いますから」

実行委員会の一人、塚本リエコが間に入ってきた。

「少し散歩してくる。塚本くんに説明とかは全部任せたよ」

でっぷりとしたお腹を気にするかのようにさすりながら、木本は、部屋を出た。

塚本リエコは、20代前半に見えた。すごく美人というわけでもないが、愛嬌のある笑顔で、地元の商店街のお弁当屋さんの看板娘、という表現がピッタリな感じだ。

「ごめんね。あの人、悪い人ではないんやけどね。祭りに対して否定的なことを言われると、ああなるんよ。

ウチは同じ大阪出身やし、この村に初めて来た時の気持ちも分かるから。なんでも言うて!ていうか、毎回わたしが木本さんと新しい人との間に入ってるねーん」

「そ、そうなんですね。よ、よかった。
あんなすぐに怒られたら、会話できないし、聞きたいことも聞けないですもん」

村上は、やっと表情を崩した。

「そもそも、この祭りは、どういう祭りなんですか?」

「苗字の漢字をひっくり返しても苗字になる人たちっているじゃない?ここまではわかる?」

くだけた関西弁でリエコは話した。

「はい、それは気づいてました。中山さんもいるし、山中さんもおる!の部分ですよね」

村上は出されたコーヒーを飲みながら答えた。

「そう。そうすることによって、収穫の喜びを表現してるの」

「そこが急にわからないです。なんで、苗字の漢字を逆にして、ジャパン!って叫ぶことと、収穫の喜びが関係あるのかが分からないんです」

「まあ、でも、祭りって基本的に意味不明なもんやからねえ」

「うーん、ま、まぁそうかもしれないですけど。

あ!あと!!去年の台本とおととしの台本で、村長の名前が違うんですけど、村長変わったんですか?」

「あー、それね」

村上はもう一度去年のほうの台本を広げた。

山村さんもおるし、村山さんもおる〜 

ジャパン!

だけど〜?

(ここで太鼓をめっちゃ叩く)

注)かっこ、ここで太鼓をめっちゃた叩くかっことじる、と読む

柱谷(はしらたに)さんはいるけど〜〜、、、

(真っ裸で、首輪をつけた柱谷さんにスポットライトが当たる。柱谷さんは、四つんばいで、ワオーンと月に向かって鳴く)

(村の子どもたちがここで、出てきて、村長の柱谷さんの周りを囲む)

(子どもたちが声を揃えて)たにはしらさんは〜

(ここで、柱谷村長が子どもたちに下記のセリフを泣きながら言う)

「お願いします!お願いします!許してください!許してください!“たにはしら”もいるかもしれません!探します!探します!時間をください!時間をください!!」

(良きところで)
子どもたち全員で「たにはしらなんて苗字は〜ない!!」

(ここで、柱谷村長に子どもたちがおしっこをかける)

「柱谷さんって去年の村長ですよね?でも、おととしのほうの台本はこうなってるんです

村長の名前、野村さんになってるんです。

村長変わったんですか?

あと、村の税収の20%の予算の花火を使うとか、気が狂ってますよ」

リエコは答えた。

「安川村はね。村長は安川村長で、ずっと変わらへんのよ。去年の柱谷さんは、一日村長で、元ベルディ川崎の柱谷さんが、やってくれてん」

村上はコーヒーを吹き出した。

「ぶっ!!ゴホッ!ゴホッ!すいません!!

え?あの、サッカーの元日本代表の柱谷選手??

いやいやいやいやいや!!
何をさせてんねん!一体!おかしいおかしい!

なんでやってくれたんや!!

なんや!その一日村長って!一日警察署長とかは聞くけど!!!!!

え、じゃあおととしの野村ってのは?」

「野村さんは、清原といっしょに捕まった元野球選手の……」

「いや、おったけど!どういう人選か意味が全く分からないです。なんで前の年にそんな覚醒剤で捕まった野球選手呼んでて、次の年、ベルディの柱谷さんなのか、マジで意味がわからないです。

よくやってくれましたね!!
いや、やってないでしょ?

柱谷さん、ハダカで首輪つけられて、子どもにおしっこかけられる仕事ってなんなんすか!!

仕事選んだほうがいいですよ!!すごい人なんやから!!」

「まあ、とにかくね。村上さんには、『村上さんはおるし、上村(かみむら)さんもおる!どすこい!!』みたいに、名前を入れるかどうか、聞きたいの」

今年は、ジャパン!じゃなくて“どすこい”なんだなと、思いながら、村上は「入れるというか、え、別にどっちでもいいんですけど。どういうことですか」

「だから、名前を入れるのに、5万円払えば、村上さんもおるし、上村さんもおる!どすこい!」って文言が今年の祭りの台本に入ってくるのよ」

「いらんいらんいらん。いらんいらんいらんいらん」

村上は、とにかく、祭りもろとも、ここの地元の人たちと関わるのはやめようと決心した。

「いらんいらんいらんいらん。意味わからん。いらん」

村上は“いらん”をあと、30回言おうと決めて、心の中で数えはじめた。

「いらんいらんいらんいらんいらん」

「そう?まあ、強制じゃないし、わたしは、大阪出身で、地元同じやし、祭りに参加せえへんとしても、これからも仲良くしてな」

28回目で、リエコは愛想良く笑った。

村上は、あと2回残ってるので、「いらんいらん」と答えようかと思ったが、ここで言うと意味が変わってくるので、作り笑いを浮かべた。

「あ、はい。よ、良かったです。きょ、強制じゃないんですよね?」

「もちろんやで笑。木本さんも、祭りを悪く言われるのが嫌いなだけで、参加しないから怒るとか、そういう人じゃないから、安心して」

村上は、少しホッとして、椅子に深く腰掛けた。

そこに、木本が帰ってきた。

「いやー、太ってきたから歩くんだけど、歩いたらまたお腹がすくんだよね。お、村上さんまだいたんですね。

塚本くん、どうなったの?」

リエコは答えた。

「なんか〜

色々言ってましたよ。この人、祭りのこと」

村上は恐怖でかたまった。

え??

なになになに???

さっきと全然違う!!!!

意味わからん!強制じゃないって言うたやん!!!!!

「なんか〜。めちゃくちゃ悪口ばっかり言ってましたよ。この人。五万円払いたくないとか。わけわからんこと、言ってましたよ」

なんなんだ、この村は。誰も信用できない。

木本は、リエコの話を聞いて、姿勢がかたまった。

「そうか。村上さん、残念だよ。本当に残念だ」

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