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異世界に行きたくて大阪環状線を3周した話

今から1年半前、コロナもリモートワークもなかった時代のお話。これは詳細を省くが、私は男運がかなり悪い。現在クソ男ガチャ10連の7連目を回し終わった。(あと3回あんのかよ)
で、1年半前は4連目くらいだった。少し年上の久保くん(仮名)との恋が終わりしばらく経っていたが、失恋の傷はなかなか癒えず、バイトでは理不尽な客に毎日怒られ、実家も居心地が悪く、毎日一限に通うために満員電車に揺られていた私は、精神状態がわりと限界を迎えていた。

その日は久しぶりの休日で、気晴らしに大阪に買い物でも行くことにした。お昼頃、天王寺駅に着き、そこから環状線に乗った。環状線は、その名の通り駅が円環をなしていて、基本的にはその中を半永久的にぐるぐると走っている。一周は約40分。そして、各駅に発車メロディーが設けられている。天王寺駅なら和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」大阪駅ならやしきたかじんの「やっぱ好きやねん」という感じで、各駅にちなんだ名曲が軽快なリズムにアレンジされ、発車の合図としてホームに響く。

例のごとく和田アキ子が流れ、私は天王寺駅を出発した。最近疲れてたし、羽を伸ばすぞ!と意気込んでいたはずのお出かけ。それが、まっったくワクワクしないのだ。一駅ずつ、確実に目的地に向かっているのに。大阪にはHEPもESTもルクアも、楽しいお店がたくさんあるのに。それなのに私の心はいっこうに晴れず、憂鬱さすら感じるのである。「せっかくの休みやのになんでこんな人混みに来てしもたんや…家で寝といた方がよかったんちゃうか…明日もバイトやし…課題もあるし…」そんなことをぐるぐると考えているうちに私は、降りるべきはずの大阪駅をとっくに過ぎていることに気がついた。悩み事に集中しすぎて降り過ごしたのだ。
ここで補足をするが、大阪環状線は内回りと外回りの2つの線があって、ほとんどの駅でその2路線が向かいのホームに位置している。つまり降り過ごしても、次の駅で降り反対周りに乗り換えればすぐに目的地に着くことが出来る。

しかし、精神状態が崖っぷちのわたしは何故かその時、次で降りて逆回りに乗り換えることはしなかった。代わりに、超絶意味不明なことを思いついた。「このままこの電車に乗り続けていれば、いつか違う世界に行けるんじゃないか?」世界各地で出現しては人々を震撼させているミステリーサークルだって円環だし、輪廻転生っていうし、V6だって輪になって踊ってるし(?)。相当疲れていたのか、ストレスでおめでたいアタマになっていたのか、当時の私は何故かその荒唐無稽なヒラメキを世紀の大発見と信じて疑わず、あろう事か実行に移してしまった。私の異世界旅行の始まりである。

電車は大阪城公園駅に差し掛かっていた。そういえばこの公園、前に久保くんと来たなぁ。などと感傷に浸っているうちに、今度は鶴橋駅に着いた。途端、焼肉のいい匂いがどこからか漂ってくる。お腹空いたなぁと一瞬考えるが、これから異世界に行く気満々の私は、一旦自分の腹のことは忘れることにした。そして、とうとう環状線を一周した私は天王寺駅に帰ってきた。しかし私は「まだや…!私はこのままグルグル回って回って回り続けて、違う世界に行くんや!こんなしんどい現実とはおさらばするんや!」などと謎の意気込みを見せ、大勢の乗客が乗り降りしているのを横目に茶色いボックスシートにどっしりと構えて動かなかった。
2周目がスタートする。小一時間前、目的地に向かっている頃は鬱々としていた心も、異世界への期待と、日常のしがらみから開放されることへの喜びで晴れ晴れとしていた。
新今宮の駅を通ると、そんな私の門出を祝福するかのように「交響曲第9番 新世界より」が流れた。そうだ、私はこれから新世界へと旅立つのだ。「ありがとう新世界!ありがとう串カツ!(新世界は串カツが有名です)ハローマイライフ!(?)」と心の中で感謝をあらわし、私の異世界旅行は進んでいく。
弁天町駅では「線路は続くよどこまでも」が流れている。そうだその通りだ。だって環状線だもん。永遠に続くよ。無限ループだよ。
次に、野田駅。「日曜日に市場へ出かけ〜月曜日にお風呂を炊いて〜火曜日にお風呂に入り〜♪」1度は聞いたことあるんじゃないだろうか。なんだこいつは。どんだけ暇なんだ。こっちは毎日大学にバイトにせかせかと動き回っているというのに。だが、もういい。それも昨日までの話だ。今日から私は異世界に行くのだ。あんな生活二度と戻るか。

そんなこんなで、またまた天王寺駅に戻ってきた。当然だが、周りの顔ぶれは、全員変わっている。環状線を2周もしたのだ。みんなそれぞれの目的地があって、みんなそれぞれ家がある。この世界は常に移ろってゆく。万物は流転するのだ。しかし、私だけが全く同じ格好で、全く同じ席に座っている。いい加減に諦めて大人しく家に帰れよ、と今の私なら冷静に突っ込むが、過去の私は違った。私だけが変わらない。当たり前だ。私は特別なんだ。だってこれから異世界に(ry

懲りずに3周目に突入した。その頃にはもう駅の順番も発車メロディもだいたい覚えていた。しょうもないことに海馬を侵食されていないで、四字熟語のひとつでも覚えろよと言いたいところだが、私の頭の中は環状線の駅名とメロディと久保くんのことと、これから向かう異世界のことで埋め尽くされていた。またまたやってきた大阪駅で、「やっぱ好きやねん」を聞く。人は人生に一度くらい、音楽を聞いてそれに深く共感し「この曲は私のためにある!」と思ったりすることがあるのではないだろうか。この時の私はまさにその状態で、「久保くん…やっぱ好きやねん…」という気持ちで心がはち切れそうになっていた。なぜ人はもう戻らない日々に恋焦がれて後ろ髪を引かれ続けるのだろうか。なぜ後悔すると分かっているのに「すき」の2文字が言えないのだろうか。そんなことを、本日3回目のやしきたかじんを聞きながら考えていた。
電車は進む。次に着いたのは天満駅。発車メロディはaikoの「花火」。「こんなに好きなんです、仕方ないんです」失恋で傷ついた心に染み渡る。
そこで私はハッとした。aikoが大好きな私は、彼女のだいたいの曲の歌詞を覚えていた。花火の歌詞に「疲れてるんならやめれば」とあるのだ。
正直、私はかなり疲れていた。2時間以上同じ体勢で同じ場所に座り続けていた。同じような景色が流れて、同じような曲をずっと聞いた。それでも結局、異世界には行けなかった。本当はどこかで何となく気づいてた。目を背けたくても現実はやってくる。逃げても変わらない。桃源郷なんてない。また明日も同じようにやってきて、それをくり返して生きていくしかない。そんな当たり前のことをどうしても受け入れられなくて、私は足掻いた。環状線3周分、120分間。無駄だったかもしれない。意味なんてきっとなかった。それでも私は、そうしないと生きていけなかった。
現実に戻って地に足つけて生きようと決心した時、天王寺駅に帰ってきた。2時間ぶりに電車から降りると、「あの鐘を鳴らすのはあなた」が鳴り響き、私の異世界旅行はあっけなく終わった。でも構わない。あれでよかった。異世界なんていらない。私の鐘は、私自身で鳴らせてみせる。

※意図的に何周も同じ電車に乗り続けるのは本当は違法です。もう時効ではないでしょうか。お許しください。

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