甲斐荘楠音の展覧会 記録2023
東京ステーションギャラリーで開催中の「甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性」に行ってきました。
かいのしょうただおと、と読みます。
溝口健二の映画の衣装考証をやったひとで、画家でもあった……ぐらいの知識しかなかったんですが、一度見たら忘れられないそのタッチと表現方法に興味をひかれ、観てまいりました。
いやー…………行ってよかったです! 絵もそりゃ迫力でしたが、クラシック映画好きとしては、彼の手掛けた時代劇衣装の数々を間近で見られてうれしかったのなんの。ちょっと血が騒ぎましたよ。市川右太衛門の東映時代の衣装を中心にかなり多くの着物が展示されています。
飛魚に波模様の着物、襟から裾にかけてたくさんの蝙蝠(こうもり)を飛ばした着物、特に良かったなあ……と思い出してしみじみ。しかし人生で右太衛門御大と大川橋蔵の“汗じみ”を見られるとは思わなんだ。なんか、「ありがたや」ってな気持ちになりました。
名作『雨月物語』も彼が衣装担当なんですが、展示されている衣装が「どのシーンで誰が着ているか分からない」のだそう。溝口マニアの誰か、お分かりになりませんかね? そして他の解説文では「平幹二“郎”」の誤字を発見。京都の展示のとき誰か気づかなかったんだろうか……。
そうそう楠音、『歌麿をめぐる五人の女』の背中の刺青も彼が描いてるんだそうです。『おぼろ駕籠』も『江島生島』も彼の衣装考証だったんですねえ。このへんの解説はもっと専門家を入れて詳述してほしかったなとも思ったり。溝口の『噂の女』は島原の太夫たちの衣装や頭(ヘアスタイルのこと)に髪飾りが本当に見事と感嘆したもんですが、あれも楠音の仕事だったんだろうな。所作指導的なことをするときもあったよう。
彼はかなりの古典芸能愛好家で、文楽や歌舞伎に取材した作品をたっぷり見られたのも楽しく。三代目雀右衛門の贔屓だったと知って嬉しくなってしまった(私は四代目京屋の熱烈なファンでした)。お半長右衛門を描いた作品、素晴らしかったですよ。
彼、絞りの柄とか髪飾りのつまみ細工を描くのにすごく執心してたんじゃないかな。描き方に気迫を感じるというか。着物の柄や模様の描き方はどれも細密美麗で見事なんですけど、中でも特に。あと鼈甲(べっこう)の描き方が心に残りましたね。鼈甲独特の透明感と吸い寄せられるような雰囲気、そのもの。
彼、実際に描きたいものの扮装をするんですよ。それを写真に撮って描いてたようなんですね。ユニーク。花魁やらのこしらえをした写真がいくつも展示されていましたが、立ち姿、肩の寄せ方、足幅の感じが日本舞踊か舞(ふたつは違うものです)をやったひとのそれでしたね。そのへん彼の人生において重要なファクターだと思うんだけど、特に年表などには記述もなく。流派はどこだったんだろう。まさか独学だろうか……。
あ、与三郎(歌舞伎の『源氏店』の主役ね)を描いた団扇が見事でした! 絶対見てほしい。それから絵の参考にしてたであろうスクラップブックが面白くてね。実際の芸妓や昔の役者に混じって若き日の河原崎長一郎が切り抜かれていたのが興味深く。どんな絵を楠音は想起していたんだろうな。
絵画は「いかにも楠音!」という幽艶で幻想的で情炎的なものよりも、何気ない人物画に惹かれました。画家っぽい大作よりも、イラストレーター的な挿絵っぽいもの、あるいはスケッチの魅力。細々したものがたくさん展示されているので、ぜひとも時間がたっぷりあるときに訪ねてほしいです。8月27日まで。
あ、そうだ。『虹のかけ橋』という大作、展示キャプションには未完とあったけど、京都国立近代美術館が購入とあって不思議だった。楠音の存命中に未完で美術館が購入ってこと、あるものなんでしょうかね。あとなんで高砂香料が協賛なんだろうと思ったら、創業者が楠音の兄なんだそうな。
まあそれはともかく、1987年に出ていた楠音の評伝『女人賛歌』を早速図書館で予約。読むのがたのしみです。来年で生誕130年か。
記録:この後、上野へ移動して「古代メキシコ展」をはしご。夕方北千住へ移動して飲む。暑すぎず曇りがちで移動しやすい日、こういう時に外出して観たいもの観ておかなくてはと思い、午前中原稿がんばった。
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