Red point of view 6

「あーあ」
深い青に染まった空を見上げながら、わたしはつぶやいた。
「何だよ」
理久はどこかに投げつけるように言う。
「何か戻ってこれた。少しの間かもしれないけど……」
「少しじゃないよきっと。俺がもっと戻してやるよ」
「でもきっと、また退屈しちゃうだろうな。それが幸せなのかもしれないのに……」
「大丈夫だよ。逃げなくてもごまかさなくてもいいように、つまんない日常で塗りつぶそうぜ!」
「何それ。でも何だか今を見ようとすれば、それはそれで清々しいものなんだね」
「そうだろ。今は今だからな。お前が過去の何かに捕らわれそうになったら、俺や優花のいる今を思い出して、消し去ればいいんだよ。そんな昔の悪夢どっかに追い払ってやろう」
「だけどさー。わたしなんてすごく脆いからさ、ちょっとしたきっかけでヒビが入って、そこからわたしはバラバラに崩れてしまいそうになるの。あいつがまた来るような気がするの」
「あいつって父親のことなのか? よくわかんないけど…… ちょっと乱暴だったって言ってたもんなお前……」
雲はこの世界を支配するように独特のリズムを奏でて、空を流れていく。
「そうだよ…… 最悪だったよ。でも今はこうして息してるからもういいけど。何度も死ぬんじゃないかって思った」
「そうか…… 俺なんかにはわからないけど、きっと本当に大変だったんだろうな…… だからその傷を舐めてもらうために、あんな大学生と一緒にいたのかよ」
「違うよ。多分そういう依存とかではなくて、普通に緑くんのことが好きだったの…… そこに、よくわからない不可逆的な力があったのは間違いないけど、それはそういうんじゃなくて、何だか同じものを見ている瞬間があったのわたしたち……」
「そうかよ。でも俺はあんまりだな。だってお前あの大学生といると、この退屈でどうしようもないけど愛嬌のある日常から、離れていくじゃん…… あいつとのことは夢なんだって!」
「夢なんかじゃないよ。あっちがわたしにとっては現実になりそうだったの! きっと緑くんも、わたしと同じあの星を見ていたんだと思うの…… って言っても理久にはわからないか。あ! そういえば緑くんと理久って名前にてるね! ははは」
「なんだよそれ! 似てないよ! とりあえずもっと違う向き合い方しようぜ。お前の言うあいつのせいで出来た傷と……」
「そうだね。努力はするよ。優花と理久のためにもさ。でもやっぱ緑くんは、すごくまぶしくて、すごく熱くて、すごくきれいなんだよね。だから、まっすぐわたしは突き進んでしまうの。だから、そしたらバカにしてよわたしのこと。笑い飛ばしてバカにしてよ」
すっきりと晴れていた空が急に真っ暗になって、大粒の雨が、わたしと理久に降り注いだ。屋上の空気が急に生ぬるくなって、わたしたちは腐ったガラスに閉じ込められた。季節外れのスコールが、汚れた世界を浄化しに来た。
「うーん。まあとりあえず、たまにはこの現実に戻ってきてくれよな! 俺たち、朱里と楽しく今を生きてく自信あるしさ!」
「何それー。無茶だなー。でもうれしい! 気持ちいい!」
鈍い音を立てて校舎に打ちつける雨を浴びながら、わたしはゴロゴロと寝転がって、制服をぐちゃぐちゃに汚した。屋上のドアが開いて、優花がわたしたちの方へかけてきた。
「朱里! 理久! 何やってんの! びしょ濡れじゃん。戻ろう。とりあえず。保健室で体拭こう?」
優花は、偽りのない優しさでわたしたちを導いていく。彼女は、ある一つのジャンヌダルクなのかもしれない。とても優しく信心深いジャンヌダルクの可能性の一つかもしれない。わたしと理久は、生まれたてのアヒルの赤ちゃんみたいに優花の後ろをついて行進した。まとわりつくような湿気と濁った色で染めあげられた世界の中を、ただひたすらもがくようにわたしたちは行進した。そこにはまるで終わりがないかのように。そこにはまるで記憶がないかのように。そしてそこには一筋の雷しか光はなく、雷が鳴った瞬間だけ、わたしたちは少し笑えるんだ。嵐の海にくりだした一隻の船みたいに、わたしたちは無鉄砲な好奇心でいっぱいになっていた。なんか虚しい! でも愛しい! いびつな星は急いでわたしの方へとやってきて、これでもかというくらい瞬いて、わたしの体の中を駆け巡った。

      ズキズキ……

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