Yellow point of view 7

 青詩くんとはぐれてしまったぼくは、一人喧騒の中を流されていた。あちこちで飛び交う行き場のない言葉たちは、うねりのようにぼくを襲う。ぼくは、華やかなネオンに照らされた人々の群れの残像に怯えながら、一人カフェの入り口でしゃがみこんでいた。あたたかい暖色のライトが灯ったそのカフェは、砂漠で見つけたオアシスみたいだった。ぼくはズボンのポケットに入れてきた千円札を取り出して、大きな銀色のベルのついたカフェの扉を両手で押し開けた。
「いらっしゃいませ! おひとりさまですか?」
優しそうに微笑んだ店員のお姉さんが、ぼくの方を覗き込む。
「あっはい。そうです」
「じゃあ、あちら奥のお席にどうぞ」
ぎこちなく答えるぼくを、お姉さんは優しく丁寧に席まで案内してくれた。ふかふかのソファーに腰掛けて、ぼくは今までの疲れが全てどこかへ飛んでいったような気がした。このまま寝てしまいそうだ。おしゃれな日記帳みたいなメニューを開いて、百年前に書かれたみたいなおしゃれなフォントのメニューを、一つ一つじっくり見ていった。コーヒーが飲めないお子様なぼくは、ホットロイヤルミルクティーを頼んだ。何か温かい飲み物を飲んで、心のさみしさを消してしまいたかった。
「シャンシャン!」
銀のベルの音がして、3人組の女の子がカフェに入ってきた。店内は満席になっていて、店員のお姉さんが3人を待つ人用の椅子に案内した。
「さっき音したよね?」
「あれ何かな? 銃声みたいじゃなかった?」
「ね! わたしもそうかと思った。何か物騒だね……」
「さっきも喧嘩してる人いたしね! 何か本当やめてほしいよねそういうの」
「ねー。てかさ今日この後どうする?」
「ここでご飯食べた後……」
彼女たちの他愛もない会話が、ぼくの心に小さな波を起こした。
青詩くんすごく焦っていたし、何か危ないことしてないと良いけど……

「黄依。お母さん。待ってます。いつもごめんね。帰ってくるの遅くて……」お母さんからまたメールが来た。ぼくは何だか少し安心して、それでいて鬱陶しくて「うん。」とだけ返信して、ミルクティーを両手で持って飲む。涙が一粒ぼくの目からこぼれ落ちて、甘く優しいミルクティーの中にとけていった。羽のようにふんわりとしたハグをされたような安らぎが、一瞬だけやってきた。あんまり思い出せないけれど、きっとお母さんはぼくのことを大切に思ってくれていたのだろう。青詩くんも、きっとこんな安らぎを求めていたのかもしれない…… あれ? なんで青詩くんこと、ぼくはこんなに知っている感じがするんだろう?
「あれ?」
ぼくはそう呟くと、ちらつくあの星にまとわりつかれていることに気づいた。ダメだ。やっぱり会いたい。青詩くんに…… ぼくは急いでお会計を済ませて、入ってきた時と同じように銀のベルを鳴らしてカフェを飛び出した。ぼくは引き寄せられるように道を駆け抜けた。ぼくはついてくるあの星を導くように、夜の熱を集めていた。だって、ぼくにはあのハグがあるから。青詩くんにもちゃんと感じてほしい。あの安らぎを。思い出を。

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