Blue point of view 6

 不思議な羽音がする。永遠に繰り返されるかのように、その音はまとわりついてくる。
「だいじょ…?」
羽音がだんだんと、大きくなってくる。なんだかすすけたような匂いもする。
「だいじょうぶですか?」
誰かの声が聞こえる。羽音はだんだんと扇風機の音に変わっていった。
「大丈夫ですか?」
3人の警察官が、ゆっくりと重なって一人になって、焦点がピタリと合った。
「気がつきましたか?」
少しとまどったような表情をした警察官が、俺のことをのぞいていた。
「あっ!」
俺は思わず、声を漏らしてしまった。
「よかった! ずっと気を失っていたから、心配しましたよ。」
「そうなんですね。えっと……」
「あなたを殴った奴は、今探しているところです。だから安心してください。」
「あっ俺行かないと……」
「応急処置はしましたけど、もう少し休んだ方がいいですよ。一応、病院で手当てしてもらった方がいいだろうし」
「あっはい」
どうやらここは交番の中のようだ。殺風景なデスクが二つあって、奥の銀色の棚にはたくさんの書類が詰まっている。きっと今俺が横たわっているこのソファーは、休憩場所になっているのだろう。キョロキョロと部屋中を見まわしている俺のところに、さっきの警察官が冷たいお茶を持ってきてくれた。
「これでも飲んで、じっとしていてください」
「ありがとうございます」
「じゃあちょっとトイレに行ってくるんで、ここで待っていてくださいね」
俺は何も言わずに頷くと、冷たいお茶に口をつけた。ふと警察官の机を見ると、弾の抜かれた拳銃が机の上に置いてある。俺は急にあの星のことを思い出して、体が熱くなってくるのを感じた。「このままじゃ駄目だ……」自分に言い聞かせるようにつぶやいて、俺は立ち上がった。トイレが流れる音を聞くか聞かないかのうちに、俺は机の上の拳銃と引き出しの中に合った弾をとって走り出していた。早く壊さないと…… あいつを壊せばきっと上手くいく。取り戻さないといけない。俺が失った全てを。そして、きっとみんなが失ったすべてを。すっかり真っ暗になった街はさらにギラつきを増し、週末の夜ならではの不思議な熱気と狂気に満ちていた。蜃気楼のように、あちこちであの星がチラチラと揺らめく。イタリアン、中華、ラーメン…… さまざまな食べ物の匂いにタバコの匂いが混じりあって、不思議なグロテスクさを醸し出す。星は点滅するようにあちこちでまたたき、俺を翻弄する。
「もう…… どうすればいいんだよ。逃げるな!」
そう叫んで俺は、服の中に隠していた盗んだ拳銃を取り出そうとした。
「ダメだよ。何も変わらない」
「え?」
びっくりして振り返ると、紺色のコートをきた女性が、黄色いバラの花束を持って佇んでいた。
「壊さなきゃいけないのはそれじゃないよ……」
「え? あんたあの星が見えるのか?」
「そうね。見たくないけどね。でも、あれを壊しても無駄。見てくれが変わるだけ。全てが救われた幻想を見るだけ。だからやめなさい」
「なんでそんなこと分かるんだよ…… あれがいけないんじゃないのかよ」
「一度崩したって、またきっと食い違うは。自分の足で立たなきゃね」
「何言ってるんだよ! 俺は早く救いたいんだ!」
叫びながら、俺は拳銃の引き金を引いてあの星を撃ち抜こうとする。
「今は当たらないから……」
そうつぶやくと、紺色のコートの女は俺に黄色いバラの花束を投げつけた。バランスを崩した俺は間違って弾を撃ってしまい、弾は黄色いバラの花束を貫通した。ほどけた花束が散らばって、俺は黄色いバラのシャワーを浴びた。
「こっち来て!」
そう言うと紺色のコートの女は、俺を入り組んだ路地の奥にグイグイと引っ張っていった。黄色い花びらを浴びて、なんだか少しだけ心が和らいだ。俺はなぜか懐かしくなって涙ぐんでいた。街の中心部がどんどん遠くなっていく。俺は彼女に手を引かれながら、ぼんやりと空の三日月を眺めた。とても鋭く強がりな月を。

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