White point of view 1

 マスカット味のグミをかんで、この退屈な午後をかみしめる。それがわたしのちょっとした贅沢だ。シュワシュワと消えていってしまわないように、軽やかな午後の時間をできるだけ満喫したいんだ。座学の授業が終わったので、わたしはピアノの練習室へと向かう。学生たちが必死に練習するピアノの音がする。幾重にも重なりあって奏でられる不協和音のゆらぎに酔いながら、わたしはくるっと一回転して、無駄に微笑む。予約して置いた練習室に入ると、わたしは自分をガラス張りの練習室に映して、明るいショートヘアにそっと触れる。そして急いで荷物をほおりだし、ピアノの前に向かうとできるだけやさしく軽やかにショパンを弾く。ピアノの音が空間を飛び交って、心地よい音が反響する。天使たちがサッカーの試合をしているようで、練習室がにぎやかできらびやかな空間に変わる。できるだけ音が自由に飛び回れるように、わたしはピアノとひとつになる。やっぱり音楽は素晴らしい。だって、何だか世界にとけていけるような気分になるから。何曲か演奏し終えて一息ついていたところで、誰かが練習室のドアを叩いた。
「真白! やっぱりここにいたんだ!」
そういうと、音羽が練習室に入ってくる。
「あっなんで分かったの?」
「だって、真白いつも同じ部屋とってるじゃん。わかるよ」
「あっそっか。音羽は練習しないの? バイオリン」
「ああ…… なんか今日はもう飽きちゃったんだよね。それよりさ! これからどっか遊びに行かない?」
「えっどうしようかな。もう少しのんびりしてたい気もするんだよね」
「ふーん。ならいいんだけど! 緑くんも来るってよ! いいの?」
「ほんとに!」
「ほんとだよ。嘘つく訳ないじゃん。他にも何人かいるけどさ!」
「うーん。行く。行く行く!」
「ふふ…… オッケー。じゃあ決まりね! 学食で待ってるから早く来なよ! あとでね」
そういうと音羽は、あっという間にいなくなった。
「緑くんいるのか……」とわたしは心の中でつぶやく。なんでだろう。なんで彼にそんなに惹かれるのだろう。どこか物憂げで、どこか知らない世界を覗いているような空虚な感じが良いのだ。それに何より彼の音と、匂いが良い。すごく優しくてやんちゃだ。わたしは適当に楽譜を鞄の中にしまって、ほのかに桜の香りのするリップクリームをぬって、学食に向かった。わたしがほころばせてしまったいつかの音の残骸たちが、5歳児のようにコロコロと廊下を転がっていったような気がした。

           あーほんとに退廃的な痛みだ。

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