White point of view 6

 きっとその音は子守唄にもなっていなかった。ポツポツと不規則なリズムを立てて落ちる点滴の音は、世界の始まりから世界の終わりまで続くかのようにわたしを支配していた。でも安らぎとも絶望とも違う不思議な静寂が、そこにはいつもあった。すりガラスの窓からは、存在するであろう外の世界が濁って見えていた。わたしは、二日に一度くらい訪ねてきてくれる人が、母だとしばらくしてから知った。すごく優しそうにでも事務的にわたしに話しかけてくれる母らしき人のことを、わたしは嫌いではなかった。ただ、好きでもなかっただけで。そのあたりから、わたしの命は再び呼吸を始めたのだと思う。その前に何があったのかとか、その前に何をしたのだとかはとりあえず置いておいて、わたしは病院のベッドの上でこの世界とおそらく初めて対面した。それはそれは不安で、それはそれはゾクゾクして、それはそれはワクワクする思い出だ。それから、わたしはわたしの中へ入ってくるありとあらゆる刺激を受け入れて、ありとあらゆる気持ちを感じた。それは、トゲトゲしたわたしだけの特別なオブジェとなって、どんな時もわたしの心の中に突き刺さっている。その痛みは不思議と鈍い甘さがあって、ういろうみたいな和菓子の甘さと、外国のお菓子みたいなカラフルな甘さの両方を持っている。わたしはそれからこの世界を少しでも楽しもうと思った。息をしているだけ傷だらけになるようなそんな世界だけれども、わたしは出来るだけ多くのことを見て、出来るだけ多くのことを感じて、それを心っていう大きなキャンパスに描き出す。そしてそれを、わたしの生きた証にしたいと思った。積み重なったわたしだけのオブジェは、きっと誰にも壊せない。わたしが死んで粉々になったとしても、そのオブジェだけは凛々しく、時にやわらかく、時間も空間も超えたどこかに立っているような気がするんだ。だからわたしは、この世界をめいっぱい感じて生きるんだ。そう…… 止まらないオルゴールみたいに。

「真白ちゃん? どした?」
緑くんのやわらかな茶髪が、木の葉と一緒に風に吹かれている。
わたしは夜道の真ん中に座り込んでいた。
「大丈夫? 急に倒れたから心配したよ……」
「あっごめん…… わたし貧血気味なんだよね」
「そうなのか。ならいいんだけど。女の子が急に倒れたら、さすがの俺でもびっくりしちゃうよー」
「はは。緑くんと会ってはしゃぎすぎちゃったのかな。ごめん」
「いいよ。でも心配だから、今日はまた真白ちゃんち泊まってもいい?」
「うん…… 緑くんなら大歓迎!」
「言うと思った」
「もう……」
「ならコンビニで明日の朝ごはん買ってこう。俺は野菜ジュース買いたい」
「女子力高いね緑くん。わたしも買おー。あとヨーグルトも買いたい!」
「いいね。二人で朝ごはん食べようよ。そういうの良くない?」
「うん。なんかいい。すごくちゃんと生きてる感じがするし、うすい黄色の優しい愛がある気がするの」
「なるほどねー。なんかわかるかも」
そう言うと、緑くんはわたしを引き寄せて肩を抱いた。わたしは今すごく不安定で満たされている。この不思議な不安定は、きっとわたしのオブジェの中で最高傑作になるような気がする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?