Red point of view 8

 厳しい寒さが続いたある日、わたしは緑くんといつも待ち合わせていたあの駅で、マフラーに手袋の完全防備な姿で立っていた。行き交う人々は底知れぬ不安をかすかに漂わせて、景色にとけ込んでいく。
「朱里…… ごめん。全然連絡できてなくて」
懐かしい緑くんの声で、わたしはちゃんと世界を生きているにことに気づいた。
「ううん…… いいの。なんとなくわかってたから……」
「ごめん…… じゃあとりあえずどこかカフェでも入ろうか」
「うん…… そうだね」
何とか声を出すと、わたしは何も言わずに緑くんのあとをついていく。
「カフェラテ二つで」
緑くんは駅の近くのカフェで、カフェラテを注文した。
席に着くと、緑くんは申し訳なさそうに切り出す。
「ごめん、別に朱里が嫌いになったとかそういうんじゃないんだけど……」
「じゃあ…… なんで?」
「なんていうかさ。俺の問題でさ。ごめん傷つけちゃったよね?」
「そりゃあね…… でも、緑くんなんか事情があるのかなって思ってた」
「まっすぐすぎる朱里が、俺にはまぶしすぎてさ…… 都合よすぎるのはわかってるんだけどさ」
「わかってるのにひどいよ…… わたし緑くんのこと信じてたのに。勝手かもしれないけど」
「今の俺はちゃんと朱里と向き合えると思うからさ、だから会おうと思ったんだ……」
「それで? またやりなおそうってこと? でも、元からわたしたち付き合ってなかったんじゃ……」
「わかってる! でも朱里のまっすぐさが好きだから、また遊んだりしたいんだ」
「緑くん……」
「今度は突然連絡絶ったりしたりしないから…… な……」
澄んだ冬の空気の中で、小さな光がキラキラとまたたいて、街の温度が少し上がったような気がした。カフェを出るとき、さっき通った同じ道が鮮やかで温かく思えて、わたしはクスッと笑った。もう会ってはいけないとわかっていたのに、心のどこかで会いたがっていたのかもしれない。まだ時々またたいていたあの星は、静かに円を描きながら空のすみへシュワシュワと溶けていった。緑くんは自然と手をつないできて、わたしは子供みたいに緑くんの少し後ろをついていった。はぐれないようにとふと振り向いた緑くんに、わたしはこっそり用意していたバレンタインチョコを差し出した。
「え? これ俺に?」
「うん。そう。こんなのしか用意できなかったけど……」
「さすが朱里! ありがとう! すごく嬉しいよ!」
「よかった!」
緑くんは無邪気に微笑んで、わたしをそっと抱きしめた。街の中で、わたしの周りだけスポットライトが当たったみたいに輝いていた。わたしはまた、この不思議な光の渦に飲み込まれていってしまうだろう。でもそれでいいなと思った。だって、なんだかいろんなことがどこかへ飛んでいって、わたしは翼を取り戻した。

   わたしは、ただ今この時だけを輝く光になりたかった。

   きっと、いまのわたしが一番綺麗だから……

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