深夜の馬鹿力

一人旅で、道を歩いてる途中でいきなりどうしても大便を我慢できなくなったらどうする?どの方向に行っても近くにトイレはいないし、そもそもどれくらい歩けば一番近いトイレまで辿り着くことすら分からない。そしてその道は人があまり通らないけど、今回も何人かにもう出くわしてるから野糞する余裕もない。

答えは、うんこを漏らして、パンツを人が見つからない所に捨てる。漏らしたパンツを持ち帰る袋がないからしょうがなく捨てることしかできない。

でも旅から帰ってもあの捨てたパンツがどうしても気になっちゃう。人に見つかったら恥ずかしい。そのパンツを自分に繋げる証拠は残ってないけど、恥は残る。結局、あのパンツを持ち帰るために翌週あの道まで再び行くことになる。

これは俺の経験談ではなくて、伊集院光さんが数年前に「深夜の馬鹿力」という深夜ラジオの番組で語った五島列島の旅の話。俺はなぜ他人の漏らしエピソードについて書くためにノートを始めたかと言うと、俺は伊集院さんの番組がたまらないくらい好きです。そしてこの話に番組の魅力が全て詰まっている。

俺は別にうんことかパンツに興味を持っているわけではない。どちらかというと、下ネタが好みじゃない方。それでも深夜の馬鹿力について書くとなると、この話題から入るのがマスト。自分の恥ずかしい話を自分で電波に乗せてるという点だけでも相当タフなことをやってるけど、この話を膨大な物語に仕上げてリスナーの記憶に根強く残せるのは伊集院さんの魅力の一つ。再び五島列島に行く時も奥さんに旅の本当の理由を言えない心境も透かさずに入っているトークはもう3年以上前のことなんだけど、俺は今でも覚えている。

しかし、この話の面白さは親近感が生むことではない。自慢したいわけじゃないけど、俺はうんこを漏らしたことは一回もない。そして比例になれるようなむずむずする恥ずかしい経験もそれほどない。それでもこういう話を聴くために深夜の馬鹿力を毎週チェックする。

漏らしたパンツの魅力に辿り着くまでは時間がかなりかかった。ラジオを聴き始めた頃はまだ日本語の聞き取り能力が上達してなかった。それよりも前から説明すると、俺はフィンランドで生まれ、フィンランドで育ち、20代になってから日本語をしっかり学んで深夜ラジオまで興味を持つようになった。長年日本のラジオを聴いた結果、深夜の馬鹿力はその中でも掛け替えのない存在。

聴き始めた当時、トークの流れを追うのに苦労した。他の番組は今までもう触れたことがあった文化の話が多かったから話の内容は分かりやすかった。例えばアメコミ関連のものは元々子供の頃から追ってたから、複雑なネタメールでも理解ができた。それと違って深夜の馬鹿力は伊集院さんのトークでもハガキ職人のネタメールでも飛び交うのは知らない人物やこと。でも俺の日本語の上達に連れて、この番組は知らない文化と触れる機会に変わった。他の番組は飽きる時期があっても深夜の馬鹿力はずっと俺にとって新しいものを提供してくれた。今でもそう。

日本のラジオとテレビを思い存分にインプットしてから自分のエンタメに対する好みも分かるようになって俺が気づいたことは、伊集院さんがどんな話題を取り上げても、喋り手が伊集院さんなだけでもずっと聴いてられる。トークをカチカチに決めずに、途中で思いついたことを話して本筋からズレたり、自分の話を俯瞰で見たり、とりあえず一人しゃべりなのに伊集院さんが同時にやりこなしてることの量がとんでもない。二人かそれ以上がパーソナリティの番組で聴けるような展開を一人で組む。

トークの内容的にも伊集院さんは自分の道を切り拓いている。悪いことではないけど、他のラジオパーソナリティはよくリスナーの共感を呼ぶように話題を選んだり視点を変えたりするけど、深夜の馬鹿力の場合はそれが軸になってないと思う。そもそも俺にとって芸能人は共感や親近感を感じたい存在ではないので、そういう感情を得たくてラジオを聴いたこともない。ラジオはよく「本音が聞ける」メディアだと言われることが多々あるけど、俺にとってラジオはある程度ウソを言う場でもあるから。ラジオで聞けるのははテレビのイメージ通りの話でもなければ、パーソナリティの素でもない。

そして伊集院さんは時事ネタに特化してるわけでもないし、ホットなエンタメも頻繁に紹介してないけど、数十年続いてる番組なのに話すことは尽きない。長年聴いた結果、伊集院さんの一番の得意分野は面白いことを切り抜く才能という結論に至った。「これが面白い」という感覚が似てるパーソナリティは他でまだ見つけたことがない。そしてその面白い切り抜きの中でも、漏らしたパンツのエピソードみたいに伊集院さんの旅の話は特に好き。伊集院さんが旅に行ってるだけでも次の放送が更に楽しみになる。

最近、伊集院さんのラジオ関連のネットニュースが騒いでる中、俺が不安に思うのは、深夜の馬鹿力はこの先にどうなるということ。現時点では4月からの継続が予定されているけど、終わりはいつか来る。俺は他に長年聴き続いているラジオ番組はあるにはあるけど、深夜の馬鹿力が終わったら俺はおそらくラジオというメディア自体に興味を失うかもしれない。そうなる前に伊集院さんの生放送のトークをできるだけ満喫したい。そして「深夜の馬鹿力」を自分でも発揮したい。

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