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ミスター平常心

僕は見てみたかった。
君の怒った姿を。
僕は見てみたかった。
君の泣いている姿を。

・出会い

彼と出会ったのは、高校のとき。
彼はいつも僕の目を見て話すけど、どこか遠くを見ているようだった。
涼しい顔で。そして、どこか包み込まれるような優しい顔で。

僕は、そんな彼にとてつもない興味を惹かれことある事に話しかけていた。
くだらない話題に相談事、あるいはゴシップまで。
そんな話題を彼はいつも否定も肯定もせず聞いてくれていた。

・変化

ある日、彼が突然自らの身の上話を始めた。
今まで自分のことなんて話してくれなかったのに。
僕は色んなことを聞いた。
彼は小学校では大人しかったこと。中学に入ったら少し荒れてしまったこと。その頃タバコを吸い始めていたこと。高校は無理して頭のいい学校に入ろうとして落ちて、この学校にいること。将来は旅をしたいこと。

その話を聞いている時も、彼はずっといつもの顔だった。そんな彼を見て、深掘りしてはいけないことを察するのは容易で、もししてしまったらもう二度とこの話はしてくれないだろうと思った。
だから僕はずっと否定も肯定もせず、いつもの彼のように聞いていた。
まるで僕が君で、君が僕になったように見えた

・疑問

僕はついにずっと気になっていた事を彼に聞いてしまった。

「なんで君は表情を変えずに話すことが出来るの?もっと笑ったりして欲しいんだけど。」

そう聞くと彼は、

「僕は泣いたり笑ったり出来ないわけじゃない。ただ、無駄だと思うんだ。僕のその労力も、それを受け取る誰かの労力も。だから僕は当たり障りのない態度と話をするんだよ。」

と言った。

そんなに気にして生きていたら、とてつもなく大変だなと思った。
「大変だな」

思わず口にしてしまった。

そうすると彼は一瞬だけ微笑んで
「君みたいなことを言う人は、何人もいたよ。君なら分かってくれると思ったんだけど。」

と言われた。

僕は彼のその一言で心臓を握り潰されてしまった。

「ごめん。」と言うと彼は
「いいよ。」といった。

僕は君と関わるのをやめようと思った。

・空白

その次の日から僕は、彼とは一切話さなくなった。
彼もそうなることを察していたかのように見向きもしなくなった。

いや、初めから僕のことなんか見ていなかったのかもしれない。
そんな前のことは忘れてしまった。

少なくとも僕は彼に惹かれていた。
彼のような人の隣にいるのは安心した。
まるで拠り所が無くなったかのように悲壮感に襲われた。
でもこれで良かったのだ。きっと。

・再開

僕と彼は不思議と全く会わなくなっていた。
同じ学校なのに見かけもしなかった。
後から聞いた話だが、彼は転校していたらしい。
それすらも知らないほどに疎遠になっていたのだ。

しばらくして、蝉の声が夏の暑さへの苛立ちを助長する頃、彼はこの街に帰ってきていた。
そして、久しぶりの再会だった。

彼は変わっていた。今までの彼は見る影もなく、日に焼け、髪を切り、そして表情が豊かになっていた。

僕も話しかけられなければ気づかなかっただろう。そもそも話しかけてくること自体の異常性は僕がいちばん理解していた。

夜、公園のベンチで彼と話していた。
彼は、今の学校では楽しくやっているらしい。
変なアドバイスまでされた。
決断を早まっちゃダメだよ、〇〇すればきっと上手くいくよとか。
そして、
君が好きだったあの娘と実はあの時付き合ってたんだ。




ゴッ、と鈍い音を立てて僕の握りしめた手は彼の顔を貫いていた。

耐えきれなかった。彼の変化にも、情報量にも

そしたら彼はまたあの時の表情にもどって
「ほらね」
と言った。


程なくして、僕は高校を辞めた。

彼は僕のいないこの高校に戻ってきて、いつも通り過ごしているらしい。


クソが。


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