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(掌編)『光と影』(フ)

『光と影』        フランソワゆみこ 
 
 世の中には常に光が当たっている人間とそうでない人間がいる。僕は間違いなく後者のほうだ。学校の成績は中の中。顔も体格も人並み。ごくありふれた名前を持ち、ネットで検索すれば同姓同名の人物が山ほど出てくる。要するに何の特徴もない、どこにでもいる人間だ。
 街でクラスメイトに出くわして「やあ」と声をかけて、こんな知り合いがいたかなと怪訝な顔をされたことも一度や二度ではない。あまりに影が薄すぎて、自動ドアが反応しなかったこともあるくらいだ。
 僕は来月で十五歳になる。このままずっと埋もれた存在として生きていくことに、さすがに疑問を抱くようになった。何か特別なことをしたい。そう思って始めることにしたのがカキ氷を食べることだ。
 毎朝両親が目覚める前にベッドを抜け出し、シャカシャカとカキ氷を削り、食べる姿を動画サイトにアップする。カキ氷のトッピングは甘くないものと決めていた。納豆だったり、梅干しだったり、キムチだったりで、それが今の僕に出せる精一杯の個性だった。
 なぜカキ氷だって。そう改まって尋ねられると困るのだけど、そもそもは母親が使っていないカキ氷機をゴミに出そうとしていたのを見つけたのが始まりだ。捨てるのであれば僕に頂戴と言って貰い受けたのだ。
しかし、理由はそれだけではない。僕はカキ氷に憧憬を抱いている。ただの水の塊で、味も栄養もない。だけどキラキラ輝く光の存在だ。平凡な人間にも希望が持てる話ではないか。最近では、僕の使命はカキ氷になることではないかとさえ思っている。
 この習慣をはじめて、僕の暮らしにも少しずつ変化が現れてきた。動画サイトの反応はサッパリだったが、その代わりによくお腹を壊すようになった。
 学校は遅刻気味になり、顔が苦痛で歪むようになると、いつの間にかクラスメイトの女子たちに「○○君、なんか影があって素敵よね」と囁かれるようになったのだ。
 ある日、授業中にお腹が痛くなって教室を抜け出すと、トイレの周りに不良たちがたむろしていた。眼光は刃のように鋭い。僕は凍りついたように身を固めて、ビクビクしながら彼らの前を通り過ぎた。すると、リーダーと思しき一人が思いも掛けない言葉を投げかけてきたのである。
「お、俺たち、○○さんに憧れてるんすよ。クールっていうか、カッコいいっすよ。それで…俺たちの頭になってくれませんか」
 なぜこの僕に。自慢じゃないが、喧嘩はからっきし弱いし度胸もまるでないのだ。そもそも最近じゃお腹に力が入らないから、激しい運動も難しい。
しかし、彼は事もなげにこう言った。
「またまたご謙遜を。頭はデーンと構えていたらいいんですよ。実際に動くのは俺たち下っ端で十分っす」
 気づけば不良グループの頭に祭り上げられていた。おかしい。僕は光の存在になるはずだったのに、どんどんダークサイドに傾いているではないか。
 しかし、こんなことで神聖なかき氷活動を中断するわけにはいかなかった。もしかしたら、神に試されているのかもしれない。かき氷へかける情熱が本物なのかと。そこで、翌日から朝だけでなく夜食にもかき氷を食べるようになった。
 あいかわらず動画サイトは閑古鳥が鳴いている。しかし、現実の世界では噂の的になっているようだ。通学途中の今も、通りすがりの女学生たちが僕をチラッと見ながらヒソヒソと噂話をしている。
少しでも愛想良くしようと微笑みを浮かべようとしたが、うまくいかなかった。最近かき氷で知覚過敏になっているせいか、歯に風が当たると少し痛むからだ。そこで唇の端を少しだけ歪めてなんとか笑顔をつくった。
 すると、彼女たちはたちまち黄色い声を張り上げる。
「見た、見た。あれが有名な『氷の微笑』よ。目があったまま十秒経つと、一週間以内に死ぬんですって。ギリギリセーフ」
 唖然としながら声の主を見やると、彼女は慌てて口をつぐんでそっぽを向いた。何か意見しようかどうしようかと迷っていたら、後ろから別の野太い声が聞こえてくる。
「アニキ、アニキ」
 アニキっていうのは僕のことだ。振り向くと不良グループの副リーダー、ヤスの姿がそこにあった。心なしか少し浮かれているようだ。
「今日の夕方、愛須組の親分がアニキに話があるっていうんですよ。もしかしてスカウトかな」
 スカウトっていったいなんだ。だいたい愛須組ってなんなんだ。質問は山積みだったが、口をうまく開けられないし、さっきの話のあとでは笑みを浮かべるのもはばかられる。
仕方がないから「うむ」と厳かにうなずき、ヤスと肩を並べて学校へ向かった。
 
(完)

2019年「KGB vol.1」録
 

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