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続・さくらんぼに戻った話

さくらんぼ危機は年中クラスがあと少しで終わる、
3月はじめの曇り空の日に唐突にやってきた。

前回のお話はこちら。


母親というのは不思議なものだ。

バスを降りてきた娘の表情や「ただいま」のトーンで、今日という1日が娘にとってどんなだったかすぐ分かってしまう。

(あぁ、こりゃ何かあったな)
と、道路に飛び出しそうになる2歳の息子を静止し、鮮魚のようにビチビチ跳ねて抵抗する彼を小脇に抱えながら私は思った。

「なんでママは働いてないの」
「娘ちゃんもお預かりがいい」

おやつに出してやったチョコチップクッキーを見つめながら娘は言った。言葉には少し棘があった。

(シンプルにママは働きたくないのでござる)
という混じりっけなしの本音は胸にしまい、

「息子くんがまだ幼稚園に入ってないし、ママが家にいた方がみんな笑顔で暮らせるからそうしてるんだよ。パパとママで相談して決めたんだよ。どうしてそう思ったの?」と、私は答えた。

「だってまいちゃんもりなちゃんも、みんなお預かりなんだもん!娘ちゃんもお預かりがいい。お預かりにしてよ」と娘は言った。


娘の通う幼稚園は保育園部と幼稚園部が併設されたこども園で、お預かりというのは幼稚園部の子を夕方まで延長で預かってくれるサービスのことだ。

「まいちゃんのママもりなちゃんのママも働いてるって!なんで娘ちゃんのママは働いてないの!」

(そりゃ君のママは稀代の怠け者だからね)
と、ふざけたことを思いつつもピーンときた。
私は理解した。

ママが働き出してお預かりになったまいちゃんが、同じくお預かりのりなちゃんと急接近して仲良くなったのだろう。仕方のないことだ。

娘は娘で、疎外感を感じたのだろう。もしかしたら「娘ちゃんのママはなんで働いてないの?」あたりのことを言われたのかもしれない。彼女の心をチクチク刺した棘が、いま私に向かってきているのだ。

娘よ、悲しい思いをしたのだな。
よいよい。この母にその棘を全てよこしたまえ。
塩焼きにして食べてやるから。

「ねぇ娘ちゃん、2人の話に入れなかったり、悲しい思いをしたのは分かるよ。でもね、物事には良いところと悪いところがどっちもあるんだよ。もしかしたらお預かりの子は、娘ちゃん早く帰れていいなぁって思ってるかもしれないよ」

「ママはさ、娘ちゃんがどーーーしても幼稚園行きたくない日にさ、じゃあパフェでも食べに行くか〜って息抜きさせてあげたいんだよね。それにママ要領悪いからさ、仕事も育児もやったら両手が塞がっちゃうと思うんだよ。両手にたくさんの荷物持ってたら、娘ちゃんやみんなの荷物持ってあげられないでしょ?だからママの手はね、何かあった時のために空けておきたいんだよ」

(働きたくないでござる)を、
よくもまぁここまで良い話風にコーティングしたものだと我ながら思う。

頂き主婦ごりちゃんの素質があるかもしれない。

娘は(まぁ…せやな…パフェは食べたいわな…)と
納得したようだ。

夜神月の「計画通り」の顔をした母親に誰も気付くことなく、その日は平和に幕を閉じた。



翌朝いつものように娘の髪を結っている時、
「このゴム可愛くないからイヤ」と娘が言った。

(ええ?!ワイのチョイスしたイケてるヘアゴムのどこが可愛くないってのさ!!)と心で反発しながらも、「あれ?これ娘ちゃんも可愛いって言ってたゴムじゃなかったっけ?なんで?」と聞いてみた。

「…まいちゃんがそれ可愛くないって言った」
「あとこれも、これも、これも、可愛くないって」

_人人人人人人人人人人人人人人人人_
> 母、混乱!!!!!!!!!!!<
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

なぜ…?なぜなのまいちゃん…?
いつかの参観日に娘のヘアゴム指差して可愛いって言ってくれてなかったっけ…????????

混乱を極めながらも、娘OKの出たヘアゴムかつ娘OKの出たヘアアレンジで髪を結い、バスに乗せ送り出し、家に戻った私は即座にカメラロールを開いた。

まいちゃんどんなヘアゴム使ってたっけ…?
私のセンスがスベっていたのか…?
年中女児のトレンドを知る必要がある。

でもさー!
可愛くないって言わなくてもよくない???
まいちゃん、それはちょっとひどくない???
と、内なるメロスは激怒しそうである。


カメラロールや園のアルバム、ありとあらゆる写真を見た私は切ない気持ちになった。

そこに写っていたまいちゃんのヘアゴムは、
いつもどんな時も、茶色のシンプルなものだった。
髪型も、ポニーテールか二つ結び。

「あぁ〜〜〜〜〜、、、、」
「そっかぁ、、、、」


謎が解けた。

身長110センチに満たない小さな2人の世界を
荒らしてしまったのは、私だったと気付いた。

色んなヘアゴムを集めたり、インスタで見た可愛いヘアアレンジに挑戦したり、その日の服装に合わせて娘を可愛くするのは私の趣味だった。自己満足とも言うが…

別に他の子に見せびらかそうと思ってやったことではなかったのだが…結果的に踏み荒らしてしまったのだ…この大根足で…

ママが働き出した環境の変化も相まって、
まいちゃんの小さな胸はずっとチクチクしていたのかもしれない。

以前と変わらず早く帰っていく娘に、
ヘアゴムをとっかえひっかえする娘に、

「お預かりのほうがいいもん」
「ヘアゴム可愛くないもん」
と言いたくなったのかもしれない。

まいちゃんが優しい子なのは知っている。
ハッキリ言うタイプだけど、心根は優しい子だ。

しかし35年、女社会で生きてきた私は知っている。
置かれた環境が違う女同士は難しいのだ。
どうしても難しい。その気はなくても、お互いの癇に障ってしまうときがあるのだ。
誰も悪くない。そういうものなのだ。

年少、年中と一緒だったまいちゃんとは
おそらく年長で別のクラスになるだろう。

自然と疎遠になるだろう。

でもなんとか、どうにか、
クラスが離れてしまう前に、
2人の世界を修復してやりたかった。

はじめての友達になってくれた恩が、
運動会の恩が、私の心に強く残っているのである。

同じクラスでいられるあと少しの日々を、
仲良しさくらんぼで終わらせてやりたかった。


あからさまかなぁと思ったが、
翌日から飾りのついたヘアゴムを使うのをやめた。
くるりんぱも、編み込みも、
一手間加えたヘアアレンジをするのはやめた。


バスを降りてくる娘の表情が
日に日に明るくなっていくのが分かった。

さくらんぼに戻れたのだろう。

色とりどりのヘアゴムでヘアアレンジした娘も可愛かったが、ほどけかけた二つ結びでニコニコとバスを降りてくる娘も大層可愛い。

まいちゃんにはまた、大事なことを教えてもらった。


年長になり、まいちゃんは保育園部になった。

娘とは当然別クラスなのだが、年長全体の集まりや園内で顔を合わせた時は磁石のように吸い寄せられ、ハグし合い、ひとときのさくらんぼに戻っているらしい。

2つぴったりくっついていたさくらんぼは
1つの独立したさくらんぼになった。

コミュ強のまいちゃんのおかげで、
いつの間にか娘も友達の作り方を学んだようだ。

それぞれの果物かごの中で、
それぞれ一生懸命に、楽しくやっている。


92センチで出会った彼女たちは、
98センチの時に友達になり、
105センチの時に喧嘩をし、
110センチに満たない時にまた喧嘩をした。

身長が伸びるたびに変化する小さな心と小さな世界に、大人のふりをした私はいつも、カッカしたりクヨクヨしたりと、てんやわんやだ。

小学生女児を持つ先輩ママにこの話をすると、
「ごりさん…まだまだ、まだまだあるわよ…めちゃくちゃめんどくさい揉め事の本番はこれからよ…」と脅されたので戦々恐々としている。

それでもどこか、愛しいものがある。
あの小さな世界で生きている、小さな人間たちのすったもんだは、どこか愛しい。


160センチになる頃の2人はどんな感じだろうか。
もしかしたらもう疎遠になってるかもしれないな。
幼稚園の時の記憶は薄れているかもしれない。

それでも私だけは覚えていようと思う。
忘れないように文章で残しておこうと思う。

愛しき小さな人間たちが、健やかに育ちますように。


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