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春の終わり、夏の始まり【完結】

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#連載小説

春の終わり、夏の始まり 1

晩秋の雨が窓を叩く音が、夜の静寂を破る。 唯史はリビングのソファに座りながら、ぼんやりと外を眺めていた。 最近、美咲の行動に変化が見え始めていた。 唯史が美咲と結婚したのは3年前、お互い26歳の頃である。 結婚当初の美咲はいつも明るく、仕事の話も積極的にしていたが、ここ数週間は様子が一変していた。 唯史が「今日はどうだった?」と尋ねても、「忙しかった」という一言しか返ってこない。 さらに詳しく聞こうとしても「特に何もないわ」と話をそらされてしまう。 美咲は広告代理店で仕

春の終わり、夏の始まり 5

唯史はスマートフォンを手に取り、画面を美咲の目の前に差し出した。 「これ、説明してほしいんだけど」 静かに、冷静に、唯史は言った。 画像を見た瞬間、美咲の表情が一変した。 一瞬の沈黙のあと、美咲は戸惑いを隠せずに、 「これは、これは…間違いよ、私じゃない」 急いで言うも、その声は震えており、画像から目をそらす。 唯史は冷静さを保ちつつも、内心では怒りと失望が渦巻いていた。 「間違い?そんなわけはないよね?どう見ても、これは美咲だよね?」 唯史の声が、次第に冷たさを増してい

春の終わり、夏の始まり 6

美咲が部屋を出た後、リビングの空気は重く、冷たく感じられた。 唯史はソファに座り直し、頭を抱える。 これまで美咲と築いてきたはずの信頼、愛情、未来が、この瞬間に崩れ去っていくのを感じた。 ともに過ごした時間、二人で描いた未来、笑顔、そして涙すらも、すべてが無に帰してしまうようで、唯史の心は深い絶望に沈んでいった。 何がいけなかったのだろう…… 唯史は、自問自答を繰り返す。 思えば美咲は明るく社交的で、人と交流することを楽しんだ。 対して唯史は内向的な性格で、静かに過ごす

春の終わり、夏の始まり 7

美咲の裏切りが発覚してから、2週間が経った。 新たな年が明けたが、美咲が自宅に戻ってくることはなかった。 彼女が友人宅に身を寄せていることはわかっていたが、唯史は自分から連絡を取ろうとは思わなかった。 また、美咲からの連絡も途絶えていた。 仕事始めで、久しぶりに出社した日の夜。 相変わらず唯史は、リビングの静けさの中で深い悲しみに暮れていた。 部屋の中は冷え切っており、唯史の心もまた、凍り付いているかのようであった。 冬の風が窓を叩く音が、さらに悲しみを増幅させる。 ふと