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苺の思い出

アパートを借りて住んでいた。
2年に一度、必ず送られてくる封書があった。
分厚くて なんとなく重い、賃貸契約書の更新書類。
ああ、その時期がやってきたか。
ため息に似た 深呼吸。そして、封を開けた。

家賃が、、、値上げしている!!
いろいろな理由が書いてあったが、覚えていない。
とにかく今までの金額から+1,000円!!!
それに伴って更新料も管理費も値上げ。
うーむむむむむ、容認できない。
年間12,000円の出費はデカいぞ。
しばらく放置しておいた。

何日か経って、不動産屋さんから連絡がきた。
正直に値上げに困っている、と話をした。
大家さんも困っているんです、と言われた。
そうかぁ、お互い困っているよね。
仕方ないな、とも思っていた。

大家さんの家は近所にあった。
住所も知っていたし、面識もあった。
思い立って訪ねることにした。
始めての家賃の交渉、手ぶらでは行けない。
近くの八百屋さんで、一番高そうなイチゴを買った。

大家さんは風邪をひいていた。
具合が悪そうでだった。
「お見舞いです」と言ってイチゴを渡した。
家賃のことは何も言い出せなかった。

数日して、不動産屋さんが訪ねてきた。
差し替えの契約書です、と言われた。
それには現行の家賃が記載されていて、前回のは回収します、と。
驚いた。
理由を聞くと、大家さんからの希望とのことだった。

どうやら、お見舞いの苺が美味しかったみたい。
風邪をひいた時は、イチゴがとても効くのかも。
無事に更新、契約期間はそのアパートで暮らした。
イチゴを食べる度に、家賃交渉を思い出す。
何も言わない大家さんは やさしい人だった。

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