インデックス投資ナイトのスピーチ原稿

 インデックス投資家が年に一度集まる「インデックス投資ナイト」というイベントがある。今年は7月8日に渋谷のカルチャー・カルチャーで行われた。毎年人気を博していて、チケットは売り出し後数分で完売になる。
 私は、ありがたいことに毎年登壇者として声を掛けて貰っているが、今年は体調の問題を考慮して、いつものパネルディスカッションではなく、10分プラスαの予定で単独スピーチの時間を貰った。
 今回は、その際のスピーチ原稿として用意した文章をご紹介する。時間がタイトな場合の10分用の内容と、時間に余裕があれば話そうという話題を2つ用意した。
 私はスピーチのたびに内容を原稿に起こすほどマメな人間ではないが、今回は体調によっては当日に声が出なくて代読をお願いする可能性があったので、話したい内容を一通り文章に書いた。
 インデックス投資家に対して、洗練された合理的な投資可としての誇りとプライドを持って欲しいというのが主なメッセージだった。
 当日は、本人としてはまずまずの体調だったので、直接話すことが出来た。以下がその原稿だ。

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●インデックス投資ナイト2023スピーチ原稿

 こんばんは。山崎元です。スピーチの時間を与えて頂いてありがとうございます。今回は、体力と声とに自信がなかったので一人のスピーチ形式での参加をお願いしました。

 インデックス投資ナイトへの参加は初回以来毎回となります。このことは、私、山崎元個人にとって密かな誇りです。なぜならば、日本で最も合理的で洗練された投資家の集まりに呼ばれ続けているということだからです。

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 さて、時間は貴重なので、言いたいことをズバリ申し上げます。
 ここにいらっしゃる、またオンラインで参加されているインデックス投資家の皆様には、日本で最も合理的で洗練された投資家であるというプライドを持って、それらしく振る舞って欲しい。これが、私の希望であり、本日お伝えしたいメッセージです。

 金融業界・運用業界には、インデックス投資及びインデックス投資家を、一段価値の低いもの、あるいは例外的な存在として扱いたがる強い傾向が存在します。「インデックス投資は初心者向け、入門者向けなので、ここから始めてやがてアクティブファンドにチャレンジしましょう」とか「インデックス運用がいいというのは投資理論の特殊な場合だとか」、「インデックスファンドは右上がりの相場でないとダメだとか」、果ては「インデックス運用が増えると株式市場の価格発見機能機能が阻害されるとか」いろいろな決めつけや難癖を付けてきます。そうしながら、アクティブファンドやESG投資のような下らない運用で手数料を巻き上げようとするのが、彼らの手口です。
 先ずは、さきほどのような阿呆な言い草に負けないで欲しい。今あげた意見は全て誤りですが、一人一人がきちんと反論できて、インデックス投資家であることを胸を張って誇れるようであって欲しい。何と言ってもこれが希望です。
 インデックス投資の優位性は「平均投資有利の原則」に支えられた頑健なものです。例えば、S&P500をベンチマーク兼ユニバースとするアメリカの大型株式のアクティブ運用は、500個数字のあるルーレットにチップを置く金額を調整するような行為ですが、手数料を払ってアクティブリスクを調整するギャンブラーは平均的にS&P500をじっと持っている平均投資家に負けるように出来ている。こう考えると、アクティブ運用は良く言って趣味の世界であり、運用そのものの効率性としては、平均投資への近似であるインデックス運用に確実に劣ります。究極的には、名前の付いたインデックスに価値があるわけではなくて、平均に投資してじっとしていることに価値があるわけですが、現実的な優劣は明らかです。しかも、商品としてのインデックスファンドには運用管理費用が安いというアドバンテージもあります。誰が賢い投資家なのかは自ずと明らかでしょう。
 因みに、このロジックは、もちろん日本株にも使えるし、ゲームの設定をグローバルな株式の運用競争だと考えると、世界株とS&P500の優劣といった比較にも適用可能です。

 先ずは、こうした理解を持って頂くことが肝心なのですが、それらしい振る舞い、ということに関しても3つほど述べておきたいと思います。

 第一に、惜しみなく頭を使って結論を明確に持って欲しい。
金融の問題は、条件を指定すれば答えは一つに決まります。「人それぞれに答えはちがう」などと小狡い専門家は言いたがりますが、同じ条件に対して少なくとも損得の答えが異なることはありません。また、運用に関する正しい原則のほとんどは、データで確認できるものではなくて、論理で結論が出るものです。
 いちいち詳細は申し上げませんが、アクティブ運用の問題も、ドルコスト平均法についても、リバランスについても、投資期間とリスクの関係や、経済成長率と株式のリターンの関係についても、論理で結論が出る問題です。たまたま取りだしたたかだか数十年のデータで確認できるようなものではありません。
 他人を頼らずに自分の頭を使ってしっかりと結論を出して欲しい。そして、ここが肝心なところですが、結論を臆することなく口にして、論争するといい。立派なインデックス投資家なのですから、「私は、インデックスを買っているだけの初心者なので」などとは、口が裂けても言って欲しくない。

 第二に、さきほどの問題にも関係しますが、「N=1」への拘りを克服して欲しい。エヌはローマ字の大文字のエヌで、統計で言うサンプル数のことです。特にここで問題にしたい「N」は、自分の経験のことです。
 具体的には、「自分は、何十年もこのようにやって来て、それで上手く行ってきた。この方法がいいと私は確信しています」というような考え方を持ちそうになった時に、自分の経験の一般性を疑う知性を持って欲しい。
 自分のことだと考えにくいかも知れませんね。
 例えば、20年以上のキャリアを持つベテランファンドマネージャーが、銘柄選択なり、リバランスなり、について自分が使ってきた方法の優秀性を説いているとしましょう。「私は、これで上手くやってきたのだ」と。しかし、我々の資産運用の期間が20年、30年に及ぶことを考えると、「運用歴20年のベテランファンドマネージャー」の経験も、ある特定の20年のたった一回のサンプルに過ぎない。個人の経験と苦労、そして幸運を呼び込んだ心掛けの良さなどは惜しみなく讃えていいとしても、彼の経験を一般化してありがたがるのは止めた方がいい。これは、考えると、分かって頂けるかと思います。
 同様のことを自分にも当てはめてみて下さい。「私は、こうやって実際に儲けてきた」ということの一般論としての価値はたいしたものではない。
 実際のお金を使って儲けた・損したという経験の自分に取っての印象は圧倒的なのでつい、自分語りに力が入ってしまう。これは、合理的でスマートな人としては、いささか格好が悪いことだという自覚を持つべきでしょう。
 因みに、賢くない投資家や金融の客の中には、「俺は、実際に儲けた奴の話以外は信用しないのだ」とふんぞり返る人が時々居ますが、これは客としては騙しやすい金融業界のカモだと申し上げて置きましょう。

 三つ目のリクエストは、インデックス投資家は合理的でスマートなのだから、それなりの余裕と寛大さを他人に示しましょうという話です。
 インデックス投資家について残念に思うことがあるのは、「あいつらは、信託報酬のミクロの差にこだわる、細かいツマラナイ奴らだ」というような世評があることです。これが、たまに当たっている場合があるので、大変悔しい。ケースにもよりますが、何十億円も運用しているのでなければたいした問題にならないような差にこだわるのは格好が良くない。
 また、投資家としての合理性・効率性には自信があるはずなのですから、投資について意見が違う人とも、「人としては」仲良くしたらいい。意見の違いは一切妥協する必要はないのですが、意見が違っても仲良く出来るということは十分ある。余裕をもって人と接しましょう、と言うことです。
 もっとも、これは皆さんに申し上げるよりも、私が自分自身に言って聞かせるべきことなのかも知れません。本人は、意見が違う人とも仲良くするつもりでいるのですが、相手が近寄ってきてくれないのは、私に人徳が足りないからに違いありません。大いに反省して、修正していきたいと思っています。
 話はぐるっと回って自己反省になりました。

 ご清聴ありがとうございました。

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【時間があれば話す話題1】
 今でも思い出すのはお台場のカルチャーカルチャーで行われた第一回のインデックス投資ナイトです。
 開場の30分くらい前に入り口に行ってみたら、既に列が出来ていて「関係者は、こちらが入り口ですよ」と列の中の参加者が親切に教えてくれました。会場の中で待っていて、ドアが開く時間になったら、人が入ってきたのですが、この時に驚きました。普通のマネー関係のセミナーで席が自由だと、参加者はそれなりにわがままな人が多いので、思い思いの場所を目指してバラバラに座ります。ところが、インデックス投資ナイトの観客は、奥から順に整然と座っていく。「この人たちは、何かちがうぞ」とその時に思いました。
 第一回はどんな内容になるのか事前に想像が付かず、「インデックス投資みたいな地味なもので一体どうやって盛り上がるのか?」と疑問を抱きながら会場を目指したのですが、参加してみるとこれが面白かった。毎年参加したいなあ、と思っていたら、幸い次の年からも声が掛かるようになりました。
 楽天証券の社員であった私は、入社後数年で、会社の新春セミナーとか周年セミナーのような大きなセミナーでは声が掛からなくなりました。これはサラリーマンとして小さからぬ問題でしたが、理由は何となく分かった。しかし、インデックス投資ナイトには呼んで貰えた。どちらが大事だったかというと、価値観的には圧倒的にインデックス投資ナイトでした。
 そして、何年も経ってからですが、どうやら、インデックス投資ナイトに呼ばれるような人であることが、サラリーマンとしての私にとっても重要であったらしいことが分かりました。考えても見て下さい。私はモロに証券会社の社員でした。にもかかわらず、毎年呼んで貰えた。これは大変ありがたいことでした。

【時間があれば話す話題2】
 今日、このような形でお話ししている理由は、私が病気に罹ったからです。具体的には、昨年手術して治療した癌が、転移・再発してしまった。いわゆるステージⅣの癌患者です。アンラッキーと言えばアンラッキーなのですが、暗い話をしようとは思いません。投資の参考にもなる考え方を、2、3お話しします。
 一つは、情報の取捨選択についてです。癌、というと世の中には情報があふれていますし、放っておくと親切な人が寄ってきて、さまざまなアドバイスをくれます。
 しかし、選択できる治療方針は一つだし、選択のためには情報を評価しなければなりません。そして、情報を評価するためには、評価の根拠になる知識やデータが必要だし、評価には能力と時間と手間が必要です。しかも、何らかの決定を下すと後から後悔する可能性があるので精神的な負荷が掛かります。
 情報に関するこうした事情は、投資の場合でも一緒の筈です。情報は多ければいいというものではありません。どのように絞り込むかが大事であり、自分の頭でそれをどう消化できるかが大事だということが分かります。まあ、投資の場合は、大抵の失敗は所詮お金で済む話なので、気楽にいろいろ試してみるといい、と申し上げて置きましょう。
 もう一つ、投資にも通じる教訓だと思うのは、「予想」と「希望」を意識的に分けることの重要性です。
 例えばステージⅣの癌患者と言うことは、基本的には完治は望みにくいし、病状の進行は早いかも知れない。しかし、治療の希望を捨てる必要はないし、現実的な方針としては、「治らないまでも、進行を遅くして、実質的な人生をより長くするための努力」は諦めずに大いにやるべきでしょう。
 一方、行動の計画を立てる上では、予想の問題として自分の実質的な「持ち時間」がどれくらいあるのか、ということをなるべく正確に見積もる必要があります。ここで、「娘が大学に入るまでは生きていたいから」といった希望を混ぜたり、その逆で、過度な悲観をベンチマークとして気休めすることは避けねばならない。
 このように「予想」と「希望」を分けて考えると、考えが整理されて、毎日の気分は意外なくらい暗くなりません。むしろ、一日一日に張り合いがあるくらいの感じです。皆さんも、将来厄介な病気に罹ることがあれば、是非思い出してみてください。
 そして、「予想」と「希望」を分けて考えることは、おそらく投資にも有効であるにちがいないと思います。
 さて、具体的には、現在の私の場合、自分の「持ち時間」を数ヶ月から一年くらいと見積もって、その時間を有効に使うことを考えています。本の2、3冊は書けそうな気がするし、会いたい人には何とか会えるのではないか。
 こう考えると、本日、年に一回のインデックス投資ナイトの機会に、皆さんにお話しが出来て大変良かった。もちろん、来年も、再来年も会えるといいのですが、先ずは、本日お話しできたことを大いに喜びたいと思います。満足です。

 ご清聴ありがとうございました。
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 もととも、時間が押しても許されるだろうという期待を持っていて、用意した話題の全てを話すつもりだったが、【時間があれば話す話題1】を飛ばした方が全体の印象が引き締まったように思う。これは、反省点だ。
 ツイッター(当時はまだ「X」ではなかった)の反応を見ると、幸い概ね好意的だった。しかし、「山崎さんの話す様子が辛そうだった」という印象をツイートする方が複数いて、今後の喋り仕事に課題が残るスピーチだった。治療法はあるし、発声方法にも工夫の余地があるかも知れないので、対策を考えることにする。
 その後、一ヶ月半が経過したが、幸いインデックス投資ナイトの当日よりも本人は元気にしていることをご報告しておく。

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