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まえばし心の旅③片原饅頭

 いつもそのお店に行くと、多くの大人たちがひしめき合っていて、子供の頃の私にとって は、息苦しい場所だった。今でも記憶に残っている光景は、お店の内装やショーケースなど ではなく、下から見上げる密林の木々の様に並ぶ大人たちの姿だ。

 今は、ちょっとしたお使い物などは、ラスクが定番となっているが、その頃は、その繁盛 店の商品が、定番だった。いただいたり、差し上げたりして、よく我が家にあったし、祖父 がどこかに行くときには、手土産としていた。


 透明に白いドット柄が施されたビニールの風呂敷の中には、白い紙の箱が入っている。箱 の蓋を開けると、ほのかに日本酒のような香りが立ち上がる。そこに並んでいるのは、白く 光る、艶々の丸いお饅頭だ。一つ手にとって口に運ぶと、柔らかくて薄い皮の優しさを感じ、 独特の甘さと香りが口に広がる。その直後、こし餡の控えめな甘さが味わえる。


 そう、片原饅頭だ。気がつくと、家族であっという間に一列を食べてしまう。そして、間に挟まっている経木(へぎ)を丁寧に剥がす。慌てると、経木が縦に裂けてしまうのだ。


 ビニールの風呂敷、白い箱、そして、経木。中のおまんじゅうと、それらが全て揃って、「片原饅頭」となるのだ。

 その白いお饅頭の寿命は短い。すぐに固くなってしまうのだ。そうすると、家々によって 独自の方法で、2 回目の美味しさを追求していた。焼いたり揚げたり、さらには炊飯器にお 米と一緒に入れて炊くというお話を聞いたことがある。我が家は揚げた。周りの皮がカリッ として、中の餡子はあつあつになる。思えば、今人気の「かりんとう饅頭」にそっくりだ。 「かりんとう饅頭」の本当の考案者は、我が家の祖母かもしれない。


 その後、片原饅頭は、多くの人に惜しまれながら、平成 8 年に営業を終えた。しかし、や はりあの味を愛する人が多く、いくつかのお店が同じようなお饅頭を販売した。そのうち一 軒は、関係者の許可を得て「片原饅頭」という名前も使っていた。他の一軒は、「酒むしま んじゅう」として繁盛しているが、こちらは片原饅頭と同じ菌を使っている。


 「酒むしまんじゅう」は、偶々同級生のお家が経営している。たまに食べるその味は、頑 張っている同級生と、モダンなそのお店を思い起こすと同時に、片原饅頭の記憶も蘇らせて くれる。そういったお店があるから、前橋の人たちの記憶に、片原饅頭が残り続けるのかも しれない。


 そして、前橋のまちなかにある片原饅頭の旧店舗。今でもそのまま残されているが、使わ れることがなく、眠りについている。昔の商家のような味わいのある建物だ。記憶には、目 に見えないものの記憶と、目に見えるものの記憶がある。目に見えない味の記憶は、受け継 いでいる人がいる。目に見える建物も、きっと誰かが再び命を与えてくれることを待ってい るだろう。

放送日:令和3年4月21日

音声データもあります。


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