ステージに立って歌う夢を見た、ような気もする、風邪引き7日目の遅すぎる寝起きだった。


 目が覚めた。

 11:38

 日はとうに昇りきっていて、部屋は明るかった。よく今の今まで目が覚めなかったなと思うくらいに。

 暫し、ぼんやりと天井を見る。

 何かを思い出す。

 というか、何かが、思い出される。

 文章でもなく映像でもなく、多分感覚。

 夢を思い出す時って、多分感覚なんだ。


 ステージに立って歌う夢を見た、ような気もする、風邪引き7日目の遅すぎる寝起きだった。


 うっすらとした感覚だけが全身に残っているのが、なぜか逆に喪失感みたいなものを催していた。

 別に、今更何も失っていないのにな。

 「感覚」。

 もう、随分忘れてきちゃったんだ。

 3/21、私の所属するアイドルグループは解散した。

 一年五ヶ月。
 112回もライブをした。

  (ライブアイドルの中では決して多くはない。
  なんなら周りと比べれば少なかった。
  けれど、今となっては思う。
  間違いなく、多い。)

 出番前の張り詰めた心臓。

 マイクの重み。

 イントロを聴きながら暗い舞台袖で気合入れに自分の身体を殴る痛み。

 ステージに入っていく一歩。

 フロア中の眼球が私という一点を捉える瞬間の興奮。

 身体中に響く音響。

 眩しすぎて眩暈がする照明。

 ステージ上の熱気。

 スモークと照明越しに見るフロアの顔たち。



 感覚という感覚が、手から静かに少しずつすり抜けていく五ヶ月間だった。


 なんだかなあ。

 もう流石にほとぼりは冷めて(何かの拍子に瞬間的に、ということはまあそこそこの頻度であるものの)、悔しい!とか悲しい!みたいな、持続的な激しい感情は抱けなくなった。

 いやあ、でも

 去年の夏の私は全然ポエトリープを続けるつもりでいた。

 (ということは去年の秋に辞めようと思った、というわけでもなく、おそらく解散が言い渡されるまではなんだかんだ続くものだと思い込んでいた気がする)

 でも

 この夏何度知らない人にお水をもらったか
 駅員さんを呼んでもらったか
 (優しい人々がいらっしゃるものです)
 数日単位で寝込んだか、など考えたり、
 なによりこんなにも声が出ない状況にあって、私はアイドルじゃなくてよかったなと思う。

 アイドルであるのに歌えない自分なんて到底受容できない。

 歌は全然自分のアイデンティティでも長所でもない。なんなら苦手だ。

 それでも、アイドルの根幹を成すそれを失った状態で、アイドルとして存在するのには耐えられそうにない。

 そういうところ、最後まで器用にうまいこと折り合いをつけることができなかったな。

 休んでしまえば、私なんて居なくても全然どうにかなっちゃうこと、すぐにバレちゃうから。

 なんなら、私が居ない方がなんだかうまくいっちゃうかもしれない。

 そういう意味では、アイドルも学校もなんでも、休める人が羨ましかった、気がする。


 なんて思いながら、今の私は中高無欠席を成し遂げた根性をもってもどうしようもないくらいにどうしようもなくなっていて、比較的、休んでいる。

 カゴから溢れて山積みになっていく洗濯物が、私が目を背けている現実の問題の諸々の具現化のようだった。

 憎らしい。

 睡眠の海に沈んで、浮かんで、浅い眠りと半端な覚醒を行き来するうちに日は傾く。

 こうやってまた1日が終わっていく。

 今日も私は、人混みのスクランブル交差点のど真ん中で立ち尽くす。
 世の中の皆様は皆各々の方向に迷いなく早足で進んで、世の中を進めている。
 度々ぶつかる肩が痛い。
 すれ違う人の視線が痛い。

 それでも今は、立ち尽くすしかなくて

 致命傷にはなり得ない痛みを甘受して、俯いている。


 ふと顔を上げれば辺りはもう暗くて、夜になっている。


 未練まみれで終わらせるに終わらせられない一日の終わりしな、寝っ転がって空を見て、泣き疲れてうとうとしている時間だけ、多分生きてる。

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