覚書③

5年も続いたアカウントを閉じてしまった。
Twitter。
またいつもの、アレだ。

「インターネット」というものが一般に普及し始めたころから
いわゆるSNSに参加し始めて20年以上。
チャットやミクシーやFB。Twitterは創世期からアカウントを作ってきた。
ぼそぼそやっていると、反応してくれる人は必ずいる。
そして仲良くなって、輪が大きくなって。オフ会にも行って。
そうなるともう自分のキャパを超えて持ちきれなくなってしまう。
本当に仲のいい人以外との、薄っぺらな挨拶ややり取りに耐えられなくなる。

リアルでは知り合えないであろう遠くのひとや
絶対かかわらないであろう年代の人と仲良くなれるのはいいのだけど、
それがリアルを侵食し、挨拶を「せねば」という強迫観念に囚われるともうダメだ。
挨拶や会話がルーティーン化したらもうダメだ。
鬱陶しいし、かかわりたくないひとに「嫌い」と告げることはできないし。
告げるのは簡単だが、そのコミュニティの中で浮くのも平気だが、
自分のその言動でそのコミュニティをかき回す勇気はない。
だからサヨナラを選ぶ。
Twitterは何度アカウントを変えたことか。今回は5年もったのにな。
情報収集にはとても良い媒体だから続けていくけど。

仕事ではどれだけの量がきても冷静にこなす自信があるし、
仕事関係での人間関係ならば良好にこなせるのだけど、
プライベートでの人間関係(リアル、net問わず)が築けないのは、
やはり自分の本質に問題があるのだと思う。
自分のことが曝け出せないからさ。
そういえば、結婚生活を送っていた間、夫だった人の前で
着替えもしたことがなかったな。できなかったな。
まあ、歴代つきあった人の前でももちろんできなかったけど。

感情を表に出せないから。
誰かにすがることもできないし。
そうしたいと思ったこともないからやり方がわからない。
誰かの負担になりたくないし、傷つけたくないから。
それはとりもなおさず自分を守るためなんだろう。
たぶん。

もう少し生きていけば何か変わるのかな。
変わらないのかな。

1人で立って歩いていける。
泣くときもひとりがいい。

だけど、心許せるひとを持つひとをうらやましく思う気持ちは
消えてなくならないんだよな。

矛盾だね。

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