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「更年期障害は辛いけどホルモン補充療法をすると乳がんになるから、怖い・・」は、本当か?ホルモン補充療法ガイドラインと乳がん診療ガイドラインから読み解く

なぜ、この記事を書くのか?

助産師・ウィメンズヘルスアドバイザーとして更年期に関する啓蒙活動や患者相談を行って、今年2020年で7年になります。

その間、「更年期障害は辛いけどホルモン補充療法をすると乳がんになるから、怖い・・だからしない・・」という言葉を何度も何度も聞きました。

中には、「ホルモン補充療法」というだけで、全く耳を貸さない人もいます。

あるいは、相談を受け、ホルモン補充療法についてお話し、治療のメリット・デメリットを詳しく説明した上で「更年期障害が辛いからホルモン補充療法を受けることにした」と本人が決めても、その後、家族や友人から「ホルモン補充療法は、乳がんになるらしいからしないほうがいいよ」と言われ、断念した人達もいます。

本当に、ホルモン補充療法をすると乳がんになるのか?

それは、誰が、いつ、どのような根拠を元に言ったのか?それを知っている人は、ほとんどいなくて、「昔聞いたことがある」「本に書いてあった」「誰かが言っていた」「TVで医師が言っていた」という人が多いのですね。

「ホルモン補充療法をすると乳がんになる」と、誰がいつ、どのような根拠を元に言ったの?

なぜ、

いつ「ホルモン補充療法は乳がんになりやすい」と言われるようになったのか?

それは、2002年になります。

2002年に、米国のWHI(Women's Health Initiative)の大規模な研究の中間報告が、ホルモン補充療法は、メリットよりデメリットのほうが大きいという内容で副作用が強調されてしまい、この研究を中止してしまいました。

その中で日本のマスコミは、「乳がんのリスクが増加する」ということだけを大きく取り上げました。

実は、同じ研究の報告の中に「大腸がんのリスクを低下させる」ということもあったにもかかわらず、「乳がんのリスクが増加する」というセンセーショナルな話題の方だけをマスコミは取り上げました。

これが、「ホルモン補充療法は乳がんになりやすい」と日本で思い込まれている所以です。

このあと、わかったことは、この研究の対象には、

①63.3歳からホルモン補充療法を始めていること。
 閉経の平均年齢は50歳ですから、女性ホルモンが減少し、加齢による身体
 的変化が始まって13年経っている人が対象になっています。
 癌に関しては、加齢に伴ってリスクは高くなります。
②喫煙率が高い
 喫煙は、乳がんだけではなく、すべてのがんの発生率を高めます
③肥満や脂質異常症の人が多かった。
 肥満は、乳がんになりやすくするリスクのひとつです

以上のことが明らかになり、

年齢やもともと乳がんになるリスクを持っている人が対象に多く入っており、ホルモン補充療法をしなくても、乳がんになっている可能性の高い人が含まれているのにも関わらず、乳がんになったのは、「ホルモン補充療法をしたから・・」ということになってしまったのです。

今は、その他の研究も多くされており、ホルモン補充療法の安全性と有用性が、エビデンスをもって明らかになっています。

ところがマスコミは、「乳がんのリスクが増加する」時のほど、安全性と有用性のことを熱心には報道してくれていません。

いまだに、「乳がんのリスクが増加する」の情報が根強く残っている理由です。

つまり

いつは・・2002年
誰が・・・マスコミが
どのような根拠で・・・WHIという研究の誤った見解

とはいえ、これだけでは納得できませんよね。

最新版ホルモン補充療法ガイドライン2017を読み解く

ホルモン補充療法ガイドラインは、日本産婦人科学会と日本女性医学学会から、2017年に発刊されています。

  *この記事は、2017年度版を元に書いています。今後新しく発刊された
   時は、内容を見直す予定です。


日本でも更年期に治療に携わる医師たちが検討を重ねて作成し、5年ごとに改正されている信頼性の高いガイドラインです。

44ページに乳がんに関して以下のような記載があります。

「総論」2.HRTに予想される有害事象
4)乳癌
1.乳癌リスクに及ぼすHRTの影響は小さい
2.HRTによる乳癌リスクは、主として併用される黄体ホルモンの種類と
  HRT施行期間に関連している
3.乳癌リスクはHRTを中止すると低下する

さらに以下のようにまとめられています。

EPT
・施行期間の延長とともに浸潤性乳癌リスクは上昇するが、5年未満の施行
であれば有意な上昇は認めない。
・5年以上の施行によるリスクの上昇は生活習慣関連因子によるリスク上昇
 と同等かそれ以下である
・施行されるレジメン、特に黄体ホルモンの種類により、リスクは異なる
ET
・施行期間の延長とともに浸潤性乳癌リスクは上昇するが、少なくとも7年
 間未満の施行であれば、有意な上昇は認めない
・7年以上の施行においても、有意なリスク上昇を認めるまでには10年以上
 かかると考えられる。また、そのリスク上昇は生活習慣関連因子によるリ
 スク上昇と同等かそれ以下である

注釈 EPTとは、エストロゲン・黄体ホルモン補充療法   
   子宮のある女性に行われる一般的な方法
   ETとは、エストロゲン単独療法
   子宮を手術などで摘出した女性に行われる方法

少し説明しますね。

EPT
・施行期間の延長とともに浸潤性乳癌リスクは上昇するが、5年未満の施行であれば有意な上昇は認めない。

ホルモン補充療法を開始してからの期間が長いほど乳がんリスクは上がるが、5年未満ならば、乳癌リスクは、それほど上昇しない、ということになります。一応5年以上治療を継続するときは、医師はこの情報を提供し、継続するかどうか同意を得ることになっています。

  *【HRT①】ホルモン補充療法はいつまで行う?やめ時は?

EPT
・5年以上の施行によるリスクの上昇は生活習慣関連因子によるリスク上昇
 と同等かそれ以下である

5年以上、治療を続けると乳癌のリスクが上昇するが、その程度は、生活習慣関連因子で上がるのと同じ程度かそれより低いということですね。

生活習慣関連因子って、何?というのは次の章で説明します。

EPT
・施行されるレジメン、特に黄体ホルモンの種類により、リスクは異なる

  *レジメンー薬物治療における薬剤の種類や量、期間、手順などを時系列
  で示した計画のことをいいます。

ホルモン補充療法には、エストロゲンの種類、投与方法、黄体ホルモンの種類の組み合わせで、多数の方法があります。
黄体ホルモンには、天然型と合成があり、天然型のほうが、乳癌リスクが低いと言われていますが、日本では天然型プロゲステロンが認められていません。そのため、合成ではあるが天然に近いデュファストンを主に使用します。先のWHIの研究では、合成黄体ホルモンを使用していたことも、乳癌リスクを上昇させた要因とされています。

ET
施行期間の延長とともに浸潤性乳癌リスクは上昇するが、少なくとも7年間未満の施行であれば、有意な上昇は認めない


ホルモン補充療法を開始してからの期間が長いほど乳がんリスクは上がるが、エストロゲン単独の場合は、7年未満ならば、乳癌リスクは、それほど上昇しない、ということになります。

ET
7年以上の施行においても、有意なリスク上昇を認めるまでには10年以上かかると考えられる。また、そのリスク上昇は生活習慣関連因子によるリスク上昇と同等かそれ以下である

10年以上、治療を続けると乳癌のリスクが上昇するが、その程度は、生活習慣関連因子で上がるのと同じ程度かそれより低いということですね。

生活習慣関連因子って、何?というのは次の章で説明します。

まとめると、EPTでは5年、ETでは7年未満であれば、乳癌リスクは上がらない、上がったとしても乳癌リスクに掲げられている生活習慣関連因子とそのリスクは同じか、それ以下であるということです。

乳がんリスクを上昇させる生活習慣関連因子とは何か

前述のホルモン補充療法で書かれていた、生活習慣関連因子とは何かが、乳癌診療ガイドラインに載っています。

図1

日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン2019より抜粋

リスク要因として確実なのが閉経後に肥満、喫煙・受動喫煙・閉経前のBMI30 以上の肥満が挙げられています。

最新版乳癌診療ガイドライン2019を読み解く

 では、乳癌診療ガイドライン2019には、ホルモン補充療法のリスクについてどのように書かれているのでしょうか?

閉経後女性ホルモン補充療法は乳癌発症リスクを増加させるか?

・有子宮女性への合成黄体ホルモンを用いたエストロゲン+黄体ホルモン併用療法では,長期投与により乳癌発症リスクを増加させる。
〔エビデンスグレード:Probable(ほぼ確実)〕
・子宮摘出後女性へのエストロゲン単独療法では,短期投与においては乳癌発症リスクは増加しない。
〔エビデンスグレード:Probable(ほぼ確実)〕

どっきりする内容ですが、よく読むと見解はホルモン補充療法ガイドラインと同じです。
長期投与の長期は、5年以上を指し、短期投与の短期は7年を表現していると思われます。

以上は、欧米を含めた世界的な見解ですが、

解説の最後の方には


日本人を対象とした検討では,症例対照研究においてはHRTによる乳癌発症リスクはRR 0.432(95%CI 0.352-0.530)と少なくともリスクの増加を認めてはいない29)。また,日本人を対象としたコホート研究でもリスクの増加は認められなかった30)

以上のように、日本人においてのリスク増加は認められていないとしています。

ホルモン補充療法ガイドラインより、日本人においてのリスク増加はないと、はっきり言っていますね。

詳細を知りたい方は、「閉経後女性ホルモン補充療法は乳癌発症リスクを増加させるか?」をお読みください。

乳癌リスクに関して、よく質問される事項についても詳しく書かれています。

興味のある方は、読んでみてください。

食事関連要因と乳癌発症リスクとの関連
アルコール飲料の摂取は乳癌発症リスクを増加させるか?
 閉経後は確実にリスクを増加させると書いてあります。
   ホルモン補充療法をすると乳がんになるからと、やめた方がいいという人
 がいるけれど、本当は飲酒の方が乳癌になる可能性が高いから、お酒を飲
 んでいる閉経後の女性がいたら、やめた方がいいと言ってほしい。
乳製品の摂取は乳癌発症リスクを減少させるか?
    「乳製品を摂ると乳癌になりやすいのでしょう?」と聞かれることも多い
 のですが、このガイドラインによると逆ですね、乳癌を予防する作用があ
   るということが書かれています
大豆,イソフラボンの摂取は乳癌発症リスクを減少させるか?
肥満は乳癌発症リスクと関連するか?

結論:ホルモン補充療法をすると乳がんになるのか?

ホルモン補充療法を勧められたときに、やはり乳癌のことが不安になりますよね。

結論 
   ホルモン補充療法の一般的な治療では、少なくても5年間は乳がんリ
   スクは上昇しない。
   (ホルモン補充療法ガイドライン2017、乳癌診療ガイドライン
    2019)

   日本人においてのリスク増加は認められていない
   (乳癌診療ガイドライン2019)

でもね、
「周りに、ホルモン補充療法をしていて乳癌になった人がいる」という人もいると思います。

雑誌クロワッサンで「Dr野末の女性ホルモン講座」を書かれている野末悦子先生は、「ホルモン補充療法で、新たな乳がんを作ることはない、もともと存在していた乳癌の赤ちゃんを早く大きくすることがある」と学会でお会いしたときに話されていました。

何もしなくても、女性の11人に1人が乳癌になると言われています。

ホルモン補充療法をしていた人の方が、乳癌を早期に発見できるので、5年生存率は、ホルモン補充療法をしていない女性より多いということもわかっています。

「ホルモン補充療法をすると乳癌になる」という呪縛からはもう逃れて、ホルモン補充療法のメリットとデメリットを理解し、更年期障害の治療を女性自身が自分で、選択できるようになりたいものです。

残念ながらホルモン補充療法ができない人もいます。

ハイジアでは、オンラインによる相談を行っていますので、「もっと詳しく知りたい」「治療を選択するための情報がもっと欲しい」という方は、ご連絡ください。 相談申し込み

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