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脊廣硏究 日本製品の味わい



今と過去とを問わず、とくにスーツ愛好家の間で取り沙汰されるのが「お国柄」の問題です。

イギリス仕立ては固く堅実、イタリア仕立ては柔らかく開放的など、
デザインの問題と括ってしまえば大きな主語になりますが、主に生地の好みと仕立ての傾向から構成されるようです。

もちろんそうした傾向がその国で仕立てられた製品の100%に当てはまるわけではないことは言うまでもありません。

現代におけるこれらの問題はファッションに詳しい専門家の方々が論じておられるので今更自分が稿するのも烏滸がましいものであるからやめておきます。

推定1930年代・日本製の背広

最近、ヤフオクで昭和初期の日本製の出物があると非常に高騰してしまいます。
アメリカやヨーロッパ製品も昔からそこそこの値段ではありますが、
ジャパンビンテージが値上がりしたのは最近の傾向だと思います。
(高いといっても現代で新品を誂えることを思えば破格ではありますが)
これはひとえにこの分野でご活躍されるインフルエンサーの影響でしょう。

これは非常に喜ばしいことだと思います。
従来”民間もの”は同時期のミリタリーのサブ的扱いで、価値を見出されず、
軍服や国民服の間に挟まったゴミといった程度で、
骨董市でもあまり並ぶことはなく、
1930s好きの人間も、サイズの問題もあってあまり手を出さなかったからです。
(人口が増えたことで昨今サイズは問題にならなくなってきたようです)

さて、この時期の日本製の背広が、同時期の海外製品の「海賊版」ではないことは、一度でも手にした者なら本能的に理解できることと思います。
うまく言葉にできない魅力というか、海外製品とは異なった趣き、「魔力」のようなものを感じるのではないでしょうか。

ちょうど、明治期などの建築が昭和中期までは海外の猿真似と思われて価値を見出されなかったのが、その後世間の関心が高まって顕彰が進んだように、
洋服も今やその時期、価値観の変革の時期にあることを感じます。

こういうスピリチュアルな話はさておいて、
この時期の日本製品の独特さは肩構造にあると言えましょう。
同時期の海外製品では、
肩を左右に張り出した直線的なスタイルの現存数が多いのに対し、
日本製品は比例上肩幅が狭く、袖が若干肩に覆い被さるような形状であり、
滑らかで丸みを帯びたシルエットを構成しています。
全体的に丸くて可愛らしい。

私は長いこと、日本は1920年代以前の仕立てを引きずって、
流行に遅れていたのでこういう構造になっていたのだと思い込んでいましたが、
そうではなくて当時、意図的にこのスタイルを好んでいたようです。

それでは早速この独特のシルエットがどのように形成されているのか
分析していきましょう・・・と言いたいところですが、
その前にまず、「ドレープ型」について理解していただく必要があります。


「図解紳士服全書」(昭和23年、木村慶市・松原正巳)p.11より

「イングリッシュ・ドレープ」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
一般的には1930年代に流行したとされ、肩幅を広げ、胸のユトリを増やし、
腰を絞ったものと紹介されます。
あたかも当時の一過性のものであるかのような扱いになっています。

ところがこれは厳密に言うと当時の定義とは異なっていて、
それに一過性のものではなく、このとき行われた基本設計の変更が、
戦後ずっと続いているのです。
(※雑な一括りにできないのは承知しています)

ここで近現代日本の紳士服技術界の雄であるところの
磯島定二先生(※)の言葉を引用させていただくと・・・

「胸巾を大きく裁つ場合に打合の方へ広げるわけにいきませんから、
どうしても胸巾の後半が大きく裁たれることになります。
したがって前脇を圧迫しないように、
追い込んでアームホールをねた形に仕上げます。
起きた形の極端な例が戦後流行したドレイプ型です。
そのナゴリが今でも尾を引いています。」

・・・「紳士服裁断の基本」(磯島定二、平成11年版p.90より)

戦前から戦後にかけての構造の変化は、
この言葉に全て詰まっているといっても過言ではないと考えます。
洋裁関係者ならすぐに理解できると思いますが、
馴染みのない方には意味不明だと思いますので、
次回からじっくり解説して行きます。

※ 磯島定二・・・いそじま(いそしま) さだじ
戦前から戦後にかけて活躍した洋服技術者。
神戸、名古屋、大阪など転々とし、東京に至ってイソジマ裁断教室を開く。
昭和26年に服装ときわ会を設立。全国に支部が作られ、多くの会員と研鑽を重ねた。
その文才も名高く、「五十地真」のペンネームで新聞の随想を書いていた時期もある。
著書「紳士服 補正の研究」「紳士服裁断の基本」「おかどちがい」など。

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