脊廣硏究 ネックポイントのはなし
現代のパターンと過去のパターンの違いは他にもまだまだ沢山あるのですが、
こういう小手先のことは置いておいて、いよいよ本題に切り込んでいきます。
前身頃の肩の襟元の先端の部分をネックポイントと呼びます。
(どうでも良い話ですが戦争中は頸点と呼ばれました)
このネックポイントは、上着類の裁断において最も重要な意味を持つ場所です。
ここの設定が悪いと、肩や首周りに変なシワが出て、
みっともなくて着心地の悪い服が出来上がります。
ウエスト周りや裾のあたりまで作用して服を崩壊させることもあります。
ネックポイントの性質についての面白い形容があります。
「ネツクポイントと云ふのは上衣の前部と背部との釣合をよくして適当の処に落ち付かせる為に上端の縫合点を定めたもので鐘楼に正しく釣られた釣鐘の釣り環のある場所に等しい位置である」
(長連光「実用裁断」p.46、昭和10年版から)
なんでこんな単なる一点が服全体に作用するのでしょうか?
棒立ちした人間に一枚の布をかぶせるところを想像してください。
布の重心がどこかに偏ると、布はストンと下に落ちてしまいます。
さて、この布に穴を開けて首が通せるようにしてみたらどうでしょう。
たとえ重心がどこに偏っていようと、着ることはできてしまいます。
もし穴を開けたところが布の前側だったら?
布が重みで後ろに引っ張られて首が絞まります。
ところが、もしちょうどバランスの良いところに穴を開けることができたら・・・
首を絞めることなく、前後左右に均等に重力が分散します。
ちょうど、ぶら下がったツリガネのように重心が安定しますね。
まさにこの「穴」の場所を決定するのがネックポイントの働きの重要な部分と言えます。
ここの設定が悪いと、服の重心がズレてどこかにシワがよるのです。
シワがよるということは、その部分に負荷がかかっているわけです。
そうすると服自体にも着る人にも無理が生じているということになります。
さて、ここで戦前と戦後のパターンを比較してみましょう。
戦後のパターンでは、ネックポイント(N)が前のボタン側に偏っています。
これを専門用語で「起きる」と表現します。
戦前のパターンでは、ネックポイント(32)が袖の方向に倒れていますね。
これを専門用語で「寝る」と表現します。
なぜ昔のパターンではこんなに「寝て」いるのでしょうか?
これも前回の肩線の考え方と同じです。
現代の人間が見ると、「過去の人間は寝かせていた」と思ってしまいがちです。
逆なんです。
「現代が起きている」んです。
(某政治家構文ではありませんよ)
つまり、もともと寝ていたものを、理由があって起こしたのです。
つづきます。
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