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【超短編小説】穴の中には

 お父さんがおこってかべをなぐって穴を開けた。その穴はちょうどわたしが入れるくらいだった。
 ふしぎなことに、その穴の中に入ると外のじかんが止まった。中に入れば音も聞こえないし、おなかもすかない。ずっとすごせた。
 だからわたしは、穴の中にいつも入った。かんじテストの日は、ワークをもちこんでべんきょうした。お母さんとお父さんがケンカしている日は、すぐ穴の中に入って、泣かなくなるくらいゆうきが出てから、耳をふさいでいっきに穴から出た。
 そんな日がつづいて、わたしには穴がなくてはならないものになった。
 今日もお母さんとお父さんがケンカをして、今日はいちだんとひどくて、びっくりしながら穴ににげた。ヒッヒッとこきゅうがいつものようにいかなくて、元にもどるまでだいぶじかんがかかった。
 いつもどおり、穴から耳をふさいで出たら、なんだかしずかだった。よかったとおもってお母さんのほうにいったら、お母さんがたおれていた。あたまが血まみれだった。お父さんになぐられたのかもしれない。
わたしは泣きながら、どうしようどうしようとおもった。さっきまで入っていた穴のことをおもいだして、お母さんを穴の中に入ればお母さんはだいじょうぶだと思った。あせがいっぱい出るくらいがんばってお母さんをひっぱって、穴の中にお母さんをおしこんだ。
お母さんはこれでだいじょうぶだ。穴の中でずっと生きてる。

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