見出し画像

土佐見里奈子の日々のキビの備忘録9

猛烈な睡魔に襲われ3度寝しかけたが、どうしても食べてみたいモーニングがあったことを思い出して電車に飛び乗った。
気になっていたエッグベネディクトを平らげるために。
5年程前、弟が私の家に居候していた期間があった。ズボラで横柄な姉との生活を少しでも豊かに彩りたかったであろう弟は、夜勤で疲れた身体をキュッと引き締めキッチンに立っていた。朝ごはんにエッグベネディクトを作ると言う。知識不足だった私は初めて聞くメニューの名前に心が躍った。「何それ食べさせて!」「うまく作れたらね」やさしく微笑む弟。
手先が器用で姉より遥かに料理上手な弟がオランデーズソースをボウルでカシャカシャとかき混ぜる音を布団の中で聴きながら素敵な朝食の予感に心を躍らせていた。
「どうして!?」
弟の悲しそうな声が響いた。布団から出ると、お皿の上にどろりとした茶色い物体が乗っていた。
ズボラの極みの姉である私が所持していたボウルが錆びていたせいでオランデーズソースをかき混ぜる際剥がれた錆びが溶け込みソースが茶色くなってしまったのだ。
「鉄分もとれていいんじゃない」気まずさからぶっきらぼうになってしまった私の言葉を受け弟がそれにフォークを刺すとポーチドエッグのとろりとした黄身が溢れ出してせつなさを捲し立てた。
ウンチベネディクト、と思った。
弟が心の底から軽蔑した目で私を睨んだ。
思うのみにしようと思っていたのに声に出ていたのだ。

この朝のやり取りは確実に私達姉弟の間に線を引いたな、と、とろりとこぼれ落ちる黄身を眺めながら思い出した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?