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鯛のあら(2007.5.4 )

 日本人は元々語呂合わせが好きとみえて、特にお祝い事に関しては実に沢山のものがあるようだ。よくお正月に登場するのは、喜ぶの昆布・まめまめしくの豆・喧嘩はするめえのスルメ・難を転じるのナンテン・・・という具合に、今もって縁起をかついだそのような言い回しが伝えられ、行事に取り入られている。

 そんな中でも最たるものはめでたいの鯛ではないだろうか。いにしえの時代より現在に至るまで、祝いの食べ物の主役としてのその地位をずっと引き継いで来たのも鯛であって、これはタイしたものだと言ってみたくなる。

 どうしてこのようにお祝いの膳に鯛なのかは、語呂合わせでめでたいからもあるだろうが、種類の多い魚の中でうすピンクした色の美しさ、すがた形の見事さ、そして品の良い美味しさというのか、そういうもの全てを兼ね備えているからであろう。

 熊本が生んだ料理研究家江上トミさんが、生前テレビの料理番組で「一番好きな食べ物は鯛のあら炊きです」と言われていたのを、私は子どもの時に聞いて今も覚えている。いろんな料理を作り、ありとあらゆる食材を扱ってこられた人が言うのである。それも鯛の立派な身のところでなく、刺身などに料理した後の頭やカマや骨身のいわゆるあらをである。子どもの時の思いがその後の私に影響しているのか、 魚を好きな私はよく鯛のあらを料理して食べている。熊本という土地柄もあって鯛のあらは安価で手に入ることが多い。最近は養殖の鯛がほとんどで、都会では天然ものの鯛はあらでも高価と聞く。養殖のあらでもけっこう美味しいが、近くの魚屋で運良く天然のが安く買える時がある。そういう日の夕食の献立は鯛のあら炊きとさっと決まる。幸い夫も大の魚好きで、私の作る魚の煮付けを上手と言ってくれる。赤砂糖と醤油を少し多めに使ってこってりとタレに艶が出るくらいに仕上げる。もう何十回・何百回としているから少し位上手になって当たり前なのである。

 ところで、鯛中鯛というのをご存じであろうか?まこと不思議に思えるのだが、鯛の中からそれこそ鯛の姿をした骨が出てくる。はっきり調べた訳ではないがどうも頭とカマの堺あたりにあるようだ。家族であらを食べていると誰かが発見して食べながら取り出し、得意になって喜ぶ。かの美空ひばりが亡くなった後、特集番組で仏壇の引き出しの中からに鯛中鯛の骨を収集した袋が出てきたのを見たことがある。縁起ものとして大事にしていたと思われ、鯛中鯛を知ったのはその時だったような気がする。あらを食べる時の楽しみの一つでもある。

 鯛のあら炊きもいいが、今私達夫婦が凝っているのは、鯛のあらの塩焼きである。何百円かで買って来たあらの頭とカマを外して塩をふりコンロの魚焼き器で焼くだけ。実に簡単。こんがり焼けた鯛の頭やカマを手に持って少しずつ骨身を口に当て吸うように食べる。行儀の良い食べ方ではないがこうして食べるとホント美味しくて、「あー庶民でよかったー幸せネ」っと互いに言い合い笑顔になるから鯛はやっぱりめでたいのである。

 鯛のあらの話ばかりだとちょっと貧乏くさいので最後に立派な鯛の話をして終わりたいと思う。

 30数年前のこと。産院に行って長女を懐妊していることが判り、その日の内に実家に報告に行った。すると下手の横好きで時々釣りに行っていた父が、なんと3キロもある大きな鯛を釣って来たのである。後にも先にも父がそんな鯛を釣ったのはその時だけ。本当に釣ったという証人の名前と場所とキ口数を書き込んだ、大きなその時の立派な鯛の魚拓が今は私の手元にあり、父の形見の一つである。その日お祝いの膳に鯛の刺身と潮汁をみんなで食べたのは言うまでもない。


Fumiko 

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