さよならを言いかけて
ハタと止まった。それには少し時期尚早だったかもしれない。
孤独に毒されて、げっそりとした顔で貝は出てきた。
よたよたと停まって、一拍おいて口を開いた(殻を開いた)。
「正解を教えてください」
それだけ言って、また黙った。その姿には力が籠っていた。怨念と言ってもいい。世界で一番正しい自分が見つけられなかった正しい答えを、ここにいる誰も持ち合わせてはいないという、諦念、見下し、集団に対する忌避。ぼっかり空いている心の穴に埋もれて、貝はじっと其処にいた。
「あるいは、地獄」
群衆の中の誰かが言った。
「きょうび、そんな考え、流行らないわよ。」
貝は、じっと、じっとしたまま、魂はここではないどこかへと自由に駆け巡ることができた。
さようならを言いかけて。
貝は一瞬目を見開いた。
「ありがとう」
貝はじっと考えた。考えた。考えた。
考えは、貝によって、じっと、じっと。
じっと、貝は、貝は。貝は、考えていた。
じっと。
じっと。じっと。
じっと。
そうこうしているうちに、波は貝を攫った。
貝は新しい呼吸法で、水中に居た。
すう、はあ、
くすっ。
完
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?